翻訳と辞書
Words near each other
・ 波多野秀尚
・ 波多野秀治
・ 波多野秀行
・ 波多野秀長
・ 波多野秀香
・ 波多野秋子
・ 波多野稙通
・ 波多野精一
・ 波多野結衣
・ 波多野美希
波多野義常
・ 波多野義景
・ 波多野義通
・ 波多野義重
・ 波多野聖
・ 波多野誼余夫
・ 波多野貴文
・ 波多野里奈
・ 波多野里望
・ 波多野重雄


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

波多野義常 : ミニ英和和英辞書
波多野義常[はたの よしつね]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [なみ]
 【名詞】 1. wave 
: [た]
  1. (n,pref) multi- 
: [の]
 【名詞】 1. field 
: [ぎ]
 【名詞】 1. justice 2. righteousness 3. morality 4. honour 5. honor 
: [とわ, じょう]
  1. (adj-na,n) eternity 2. perpetuity 3. immortality

波多野義常 : ウィキペディア日本語版
波多野義常[はたの よしつね]

波多野 義常(はたの よしつね)は、平安時代末期の相模国波多野荘(現神奈川県秦野市)の武将。波多野氏の一族。父は波多野義通
== 略歴 ==
父義通は保元の乱源義朝に従い、義常の叔母が義朝の側室となって次男朝長を産むなど、河内源氏との関係が深かったが、父義通は保元3年(1158年)、義朝と不和となっている。義常は平治元年(1159年)の平治の乱後、京に出仕して右馬允の官職を得て、相模国の有力者となる。
治承4年(1180年)7月、義朝の遺児源頼朝が打倒平氏の兵を挙げると、参向を求められるが、義常はそれを拒否して暴言を吐いたという。同年10月、南関東を制圧した頼朝から誅伐の討手が差し向けられると、討手の下河辺行平らが到着する前に本拠地の松田郷で自害した。
義常の嫡男有常は、義常の自害後囚人となるが、文治4年(1188年)に許されて鎌倉幕府御家人となっている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「波多野義常」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.