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橘康太郎 : ミニ英和和英辞書
橘康太郎[たちばな こうたろう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たちばな]
 【名詞】 1. kind of citrus fruit 

橘康太郎 : ウィキペディア日本語版
橘康太郎[たちばな こうたろう]
橘 康太郎(たちばな こうたろう、1934年5月30日 - 2012年6月1日)は、日本政治家実業家自由民主党所属の元衆議院議員(4期)。日本野球富山県連盟名誉会長。富山県高岡市出身。
== 来歴・人物 ==
実業家で、民主党参議院議員・衆議院議員を務めた橘直治の息子として生まれた。早稲田大学大学院商学研究科修士課程卒業後、富山県議会議員(1期)、伏木海陸運送社長を務めた。その後旧富山2区より無所属第38回総選挙に出馬し落選。続く第39回総選挙でも自由民主党の公認を得ながら落選、3度目の出馬となった第40回総選挙で初当選した。
地元には地盤の強固な綿貫民輔がいたため、小選挙区制に移行してからの富山3区(範囲は旧富山2区と同じ)からの立候補は叶わず、比例北陸信越ブロックへと転出して、第41回総選挙以降3回連続して比例区からの単独立候補で上位当選したが、衆院比例73歳定年制・比例連続2回規定という当時の自民党規定のため、第44回総選挙では自民党公認を得られずに、出馬を断念した。
以降も国政復帰への意欲は衰えず、第45回総選挙において富山3区から立候補すべく自民党公認を申請していたが、選挙区内での調整の中で長男で高岡市長の橘慶一郎へ自民党候補を一本化するために、立候補断念を決断した。
2012年6月1日、心不全のため富山県高岡市厚生連高岡病院で死去。享年78。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「橘康太郎」の詳細全文を読む




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