翻訳と辞書
Words near each other
・ 東宮職
・ 東宮蔵人
・ 東宮西宮
・ 東宮鉄男
・ 東宮鐵男
・ 東家
・ 東家三楽
・ 東家嘉幸
・ 東家小満之助
・ 東家楽浦
東家楽燕
・ 東家楽遊
・ 東家浦太郎
・ 東家渡場大常夜燈籠
・ 東宿毛駅
・ 東寄り
・ 東密
・ 東富丘仮乗降場
・ 東富井
・ 東富士


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

東家楽燕 : ミニ英和和英辞書
東家楽燕[あずまや らくえん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひがし]
 【名詞】 1. east 
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 
: [たのし, らく]
  1. (adj-na,n,n-suf) comfort 2. ease 
: [つばめ]
 【名詞】 1. swallow (bird) (Hirundinidae family) 

東家楽燕 : ウィキペディア日本語版
東家楽燕[あずまや らくえん]

東家 楽燕(あずまや らくえん、本名:岡部 六弥、1887年2月3日 - 1950年3月8日)は明治から昭和にかけて活躍した浪曲師。東京出身。
== 略歴 ==
父親は東亭三楽に師事した初代東家楽遊。幼いころ軍人を夢見る。海城中学卒〔日外アソシエーツ人物・文献情報「東家 楽燕」整理番号:004340〕。父のもとで修業を積み、早くから東家のプリンス的存在であった、1907年真打、桃中軒雲右衛門の芸に夢中になり、結果入門、桃中軒雲太夫を名乗る。半年で東家に戻るが、悲哀を込め、関西節を混ぜ込んだ楽燕節を確立した。1935年に後進の指導を目的に東京九段に浪曲学校を設立(この学校には三波春夫も通ったこともあったという)。特に京山若丸作の「召集令」を演じ、軍国主義の浪曲として喜ばれ、木村重友三代目鼈甲斎虎丸天中軒雲月とともに、浪曲の第二次黄金時代を起こす。戦後、1946年に設立された日本浪曲協会の初代会長に就任も間もなく健康を害し、1947年11月浅草松竹座で引退披露公演の最中、病に倒れ1950年に死去。享年63。墓地は西浅草の法然寺にある。
弟子には、二代・四代東家三楽、燕大丞、菊燕、栄造、女楽燕(玉川スミ)など。得意演目は召集令シリーズ、乃木将軍など。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「東家楽燕」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.