翻訳と辞書
Words near each other
・ 杉並あきる野線
・ 杉並アニメーションミュージアム
・ 杉並ケーブルテレビ
・ 杉並ナンバー
・ 杉並一家放火殺人事件
・ 杉並中学校
・ 杉並児童交通公園
・ 杉並児童合唱団
・ 杉並公会堂
・ 杉並区
杉並区の町名
・ 杉並区役所
・ 杉並区歴史教科書採択騒動
・ 杉並区立ゆうゆう館
・ 杉並区立中央図書館
・ 杉並区立中瀬中学校
・ 杉並区立井草中学校
・ 杉並区立井荻中学校
・ 杉並区立和田中学校
・ 杉並区立図書館


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

杉並区の町名 : ミニ英和和英辞書
杉並区の町名[すぎなみくのちょうめい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [すぎ]
 【名詞】 1. Japanese cedar 2. cryptomeria japonica 
: [へい]
 【名詞】 1. line-up 2. in a row 3. rank with 4. rival 5. equal
: [く]
 【名詞】 1. ward 2. district 3. section 
: [まち]
 【名詞】 1. (1) town 2. (2) street 3. road 
町名 : [ちょうめい]
 (n) name of a town or street
: [な]
 【名詞】 1. name 2. reputation 

杉並区の町名 : ウィキペディア日本語版
杉並区の町名[すぎなみくのちょうめい]

本項杉並区の町名(すぎなみくのちょうめい)では、東京都杉並区に存在する、または過去に存在した町名を一覧化するとともに、明治時代初期以来の区内の町名の変遷について説明する。
== 杉並区の前史と行政区画の移り変わり ==
杉並区は、昭和7年(1932年)10月1日、従前の豊多摩郡杉並町和田堀町井荻町高井戸町の区域をもって成立した(当時は東京市の区であった)。以下、明治時代初期から杉並区成立までの行政区画の変遷について略述する。
現在の杉並区の区域は、かつては武蔵国多摩郡に属し、以下の20村があった。
:田端村、馬橋村、高円寺村、成宗村、阿佐ヶ谷村、天沼村、和田村、堀之内村、和泉村、永福寺村、上井草村、下井草村、上荻窪村、下荻窪村、上高井戸村、中高井戸村、下高井戸村、大宮前新田、久我山村、松庵村
これらの村は明治2年から4年(1869 - 1871年)までは品川県に属していた。
明治4年7月(1871年8月)、廃藩置県が実施された。同年11月(1872年1月)、従来の東京府、品川県、小菅県が廃止されて、新しい東京府が設置された。同時に府内は6大区・97小区に分けられた(いわゆる大区小区制)。
明治22年(1889年)の市制町村制施行までの過渡期には、行政区画の変更がめまぐるしく実施された。中でも多摩郡の区域は複数の府県にまたがって所属し、その変遷は複雑である。多摩郡の区域は、明治4年11月(1872年1月)、いったんは東京府に所属したが、明治5年(1872年)5月には神奈川県所属となった。このうち東部の31村は、同じ年の9月、再び東京府の所属となった。この31村は、現行の中野区及び杉並区の区域に相当する。明治7年(1874年)3月、前述の大区小区の区割りが見直され、あらためて11大区・103小区が設置された。後に杉並区となる区域は、このうちの第8大区第5・6小区に属していた。
その後、郡区町村編制法の施行に伴い、大区小区制は廃止され、明治11年(1878年)11月2日、東京府下に15区6郡(荏原、南豊島、北豊島、東多摩、南足立、南葛飾)が置かれた。このうちの東多摩郡が現行の中野区及び杉並区の区域にあたる。同時に成立した北多摩郡・南多摩郡・西多摩郡は、明治26年(1893年)までは神奈川県に属していた。
明治22年(1889年)、市制町村制が施行され、東京市15区からなる)が成立、東京府下の6郡は、既存の町村が整理統合されて85町村となった。85町村のうち東多摩郡に属していたのは6村で、このうち現在の杉並区の区域に該当するのは杉並村、和田堀内村、井荻村、高井戸村の4村である。これら4村は、市制町村制施行以前に存在した20か村が合併して成立した。新4村と旧20村の対応関係は以下のとおりである。
*杉並村 - 田端村、馬橋村、高円寺村、成宗村、阿佐ヶ谷村、天沼村
*和田堀内村 - 和田村、堀之内村、和泉村、永福寺村
*井荻村 - 上井草村、下井草村、上荻窪村、下荻窪村
*高井戸村 - 上高井戸村、中高井戸村、下高井戸村、大宮前新田、久我山村、松庵村
杉並村は大正13年(1924年)に町制施行して杉並町となり、和田堀内村、井荻村、高井戸村は大正15年(1926年)に町制施行して、それぞれ和田堀町、井荻町、高井戸町となった。
昭和7年(1932年)10月1日、東京市は周辺の5郡(荏原、北豊島、豊多摩、南足立、南葛飾)に属する82町村を編入し、いわゆる大東京市が成立した。なお、従前の6郡のうち、南豊島郡と東多摩郡が明治29年(1896年)に合併して豊多摩郡となっている。編入された82町村は20区に編成され、東京市は既存の15区と合わせ、35区から構成されることとなった。この時、杉並町、和田堀町、井荻町、高井戸町の区域をもって杉並区が新設された。
昭和18年(1943年)7月1日、東京府と東京市が廃止されて、新たに東京都が設置された。この時、杉並区を含む35区は東京都直轄の区となった。昭和22年(1947年)3月15日、35区は22区(同年8月、板橋区から練馬区が分離して23区)に再編されるが、杉並区の区域には変更はない。
また杉並区では、○○地域、旧●●町のような区分けが使用されることが殆どない。
== 旧町名 ==

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「杉並区の町名」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.