翻訳と辞書
Words near each other
・ 春風船団
・ 春風萬里荘
・ 春風道人
・ 春風駘蕩
・ 春餅
・ 春香
・ 春香とやよいの弥生式らじお
・ 春香クリスティーン
・ 春香伝
・ 春香歌
春香院
・ 春馬
・ 春馬ゆかり
・ 春駒
・ 春高
・ 春高バレー
・ 春鴬囀
・ 春麗
・ 春麗 (曖昧さ回避)
・ 春麗の淡き光に


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

春香院 : ミニ英和和英辞書
春香院[しゅんこういん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はる]
  1. (n-adv,n-t) spring 

春香院 : ウィキペディア日本語版
春香院[しゅんこういん]

春香院(しゅんこういん、天正8年5月7日1580年6月18日) - 寛永18年11月20日1641年12月22日))は、安土桃山時代から江戸時代初期の女性。前田利家の七女、生母はまつ(芳春院)。名はおちよ。前田 千世(まえだ ちよ)。千世姫、千代姫、長姫とも。愛称はおちよ、かもじ:村井妻、しゅんもじ:春香院。
== 生涯 ==
1597年細川忠興の嫡男忠隆と結婚するが、「故あって(義母ガラシャとともに自害しなかったことを指す)、慶長五年(1600年)に細川家から離縁。」(細川家記『綿考輯録』より)され、のち前田加賀八家のひとつで芳春院の信頼が深い村井長頼の子長次に再嫁した(時期には異説がある。後述)。
再嫁後は長次との間に子はなかったものの、養子長光織田長孝の子で、織田有楽斎の孫にあたる)をとり、1613年に長次が死去したあとは、落飾して村井家で春香院となり、穏やかな後半生を過ごした。また、村井家石高は16,500石余で経済的にも恵まれており、春香院は村井長次死後に能登領熊甲神社の再建などもしている(岩沢愿彦著『前田利家』など)。
1641年金沢で死去、享年62、墓地は野田山
春香院は芳春院の末子でもあり、子供のうちで最も可愛がられたようで、春香院宛の芳春院自筆状が金沢市加越能文庫前田土佐守家資料館などに多く現存する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「春香院」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.