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早川千吉郎 : ミニ英和和英辞書
早川千吉郎[はやかわ せんきちろう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はや]
 【名詞】 1. already 2. now 3. by this time 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [せん ち, ち]
 【名詞】 1. thousand 2. many

早川千吉郎 : ウィキペディア日本語版
早川千吉郎[はやかわ せんきちろう]

早川千吉郎(はやかわ せんきちろう、文久3年6月21日1863年8月5日) - 大正11年(1922年10月14日)は明治大正期の官僚実業家政治家
== 経歴 ==
石川県金沢市出身。明治20年(1887年)、東京帝国大学法科大学政治学科卒業。明治22年(1889年)、同大学院農政学研究科修了。明治23年(1890年)1月、大蔵省入省。明治32年(1899年日本銀行監理官。明治33年(1900年)辞職。
明治34年(1901年)、三井銀行専務理事。明治42年(1909年)三井銀行常務取締役。大正7年(1918年)、三井合名会社副理事長。大正9年(1920年)から大正11年(1922年)まで貴族院議員。加越能(石川・富山県)出身者のための東京の寄宿舎「久徴館」の館長を長く務めたほか、1916年には、地方改良運動の実施機関として設立された半官半民の教化団体「中央報徳会」に青年部を創設し、理事長を務めるなど青年教育にも尽力した〔。
大正10年(1921年)5月、南満洲鉄道株式会社社長に就任し、論稿「日支共存共栄」を雑誌『斯民』第17編第1号を発表〔II 瀬岡誠、国連大学人間と社会の開発プログラム研究報告、1983年〕。在職中の大正11年(1922年)10月、奉天高等小学校で演説中に突然卒倒し〔日本工業倶楽部, 1925〕、死去。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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