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日産・チェリー店 : ミニ英和和英辞書
日産・チェリー店[にっさんちぇりー]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [にち, ひ]
  1. (n-adv,n-t) sun 2. sunshine 3. day 
日産 : [にっさん]
 【名詞】 1. daily output 
: [うぶ]
  1. (adj-no) innocent 2. naive 3. unsophisticated 4. inexperienced 5. green 6. wet behind the ears
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [みせ]
  1. (n,n-suf) store 2. shop 3. establishment 

日産・チェリー店 ( リダイレクト:日産・チェリー#ディーラー網 ) : ウィキペディア日本語版
日産・チェリー[にっさんちぇりー]

チェリー (''CHERRY'') は、かつて日産自動車が販売していた乗用車である。
== 概要 ==
元々、1966年8月に日産自動車に吸収合併されたプリンス自動車工業が、日産に吸収合併される以前から次世代の前輪駆動(FF)車として開発されていた車種である。日産に吸収合併された後も旧プリンス出身の社員を中心に、当時の旧プリンスの開発拠点であった東京都杉並区荻窪の荻窪事業所にて開発が続行され〔荻窪事業所ではチェリーのほかスカイライン(R30型迄)、ローレル(C31型迄)、レパード(初代F30型)、プレーリー(初代M10型)の開発も手がけていた。荻窪事業所は中島飛行機東京工場時代から続く旧プリンスの製造開発拠点で、戦後GHQの命により中島飛行機が解体され、その中の一つが富士産業→富士精密工業となり荻窪に残った。自動車の開発拠点として、主にスカイラインをはじめ旧プリンス時代から続くブランドの車やFF車の開発を担当していたが、1981年11月に神奈川県厚木市に完成した大型研究開発施設のテクニカルセンターへ日産旧来の開発拠点であった鶴見の横浜事業所らと共に集約され、自動車の開発拠点としての使命は終わった。ただし日産は旧プリンスが中島飛行機時代から荻窪事業所で行っていたロケット開発を引き継いで宇宙航空事業に参入しており、1998年に宇宙航空事業部が群馬県へ移転するまで荻窪事業所は存在していた(その後、宇宙航空事業部は2000年に石川島播磨重工業へ部門ごと売却され、現在のIHIエアロスペースとなる)。〕、1970年に日産初の量産前輪駆動(FF)車として発売された。
パワートレインはミニと同様の横置きエンジンで、シリンダーブロックの真下にトランスミッションを置く二階建てとされ、いわゆるBMC式、あるいはイシゴニス式と呼ばれるレイアウトだった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「日産・チェリー」の詳細全文を読む




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