翻訳と辞書
Words near each other
・ 扶く
・ 扶ける
・ 扶け起こす
・ 扶余
・ 扶余北駅
・ 扶余定林寺址
・ 扶余市
・ 扶余族
・ 扶余県
・ 扶余県 (曖昧さ回避)
扶余神宮
・ 扶余神社
・ 扶余語
・ 扶余語族
・ 扶余諸語
・ 扶余豊
・ 扶余豊璋
・ 扶余郡
・ 扶余駅
・ 扶助


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

扶余神宮 : ミニ英和和英辞書
扶余神宮[ふよじんぐう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ]
  1. (n,suf) over 2. more than
: [かみ]
 【名詞】 1. god 
神宮 : [じんぐう]
 【名詞】 1. Shinto shrine 

扶余神宮 : ウィキペディア日本語版
扶余神宮[ふよじんぐう]

扶余神宮(ふよじんぐう)は、日本統治下朝鮮忠清南道扶余郡に創建予定だった神社である。造営の途中で日本の敗戦をむかえ、鎮座されることはなかった。
扶余(古名は泗沘)は、日本と関係の深かった百済の最後の都があった地である。朝鮮総督府はこの地に扶余神宮を創建し、扶余を「神都」とすることを計画し〔孫禎睦『日本統治下朝鮮都市計画史研究』(2004年、柏書房、ISBN 9784760126552)〕、1939年昭和14年)6月15日官幣大社として創立された〔拓務省告示第2号 官報第3732号(昭和14年6月16日) 476頁〕。祭神は朝鮮と関係の深い応神天皇神功皇后三韓征伐)および斉明天皇天智天皇白村江の戦い)とすることを予定していた。1943年(昭和18年)の鎮座を目指していたが、社殿の基礎工事がほぼ完了した程度で1945年(昭和20年)8月の敗戦をむかえ、11月17日に廃止された〔内務省告示第264号 官報第5660号(昭和20年11月22日) 1頁〕。
==脚注==




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「扶余神宮」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.