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戴冠式頌歌 : ミニ英和和英辞書
戴冠式頌歌[たいかんしきしょうか]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たい]
 【名詞】 1. crowned with 2. receiving
戴冠式 : [たいかんしき]
 【名詞】 1. coronation 2. enthronement
: [かんむり]
 【名詞】1. crown 2. diadem 3. first 4. best 5. peerless 6. cap 7. naming 8. designating 9. initiating on coming of age 10. top character radical, 11. corona, comb
: [しき]
  1. (n,n-suf) (1) equation 2. formula 3. expression 4. (2) ceremony 5. (3) style 
頌歌 : [しょうか]
 【名詞】 1. anthem 2. carol 3. hymn of praise
: [うた]
 【名詞】 1. song 2. poetry 

戴冠式頌歌 : ウィキペディア日本語版
戴冠式頌歌[たいかんしきしょうか]

戴冠式頌歌』(たいかんしきしょうか ''Coronation Ode'')作品44は、エドワード・エルガー作曲のソプラノメゾソプラノテノールバス合唱管弦楽による合唱曲。歌詞はによる。本作は1902年の英国王エドワード7世と妃アレクサンドラの戴冠式のために書かれた。「エドワード7世陛下の特別な勅許」によって献呈された。しかし王の病気のため、戴冠式の挙行は延期された〔もともと戴冠式は1902年7月26日に予定されたが、その2日前に王に虫垂炎が発見され、緊急手術を受けることになった。そのため戴冠式は8月9日まで延期となった。〕 そのため、初演は1902年10月2日のシェフィールド・フェスティバルまで延期された。初演はエルガー自身の指揮で、 、 との歌唱とシェフィールド合唱団によってなされた。ロンドンでの初演は同年の10月26日にコヴェント・ガーデンで行われた。
本作は6つのパートがある。
:I - 導入部:「王が戴冠したまわんことを(''"Crown the King"'')」
:II - (a) 「王妃(''"The Queen"'')」(b) 「古代の諸王の娘(''"Daughter of ancient Kings"'')」
:III -「英国よ、自問せよ (''"Britain, ask of thyself"'')」
:IV - (a) 「聞け、神聖なる天空で(''"Hark upon the hallowed air"'')」(b)「ただ心が純粋になれ(''"Only let the heart be pure"'')」
:V - 「平和、麗しき平和よ''"Peace, gentle peace"''」
:VI - 終結部: 「希望と栄光の国(''"Land of Hope and Glory"'')」

==歴史 ==

1901年にヴィクトリア女王が崩御すると、その息子エドワード7世の戴冠式の調整がほどなく着手された。この年の暮れにコヴェント・ガーデン・グランドオペラ会社はエルガーに、翌年7月に計画されている戴冠式前夜のロイヤル・ガラの作品を委嘱した。エルガーはベンソン(もしかしたらこれは王の要請かもしれない)を台本を提供させるために招聘した。ベンソンは作家でもあり音楽家でもあった。このコラボレーションは大成功した。
王はエルガーに『威風堂々』第1番のトリオの部分に歌詞がつけられたらと示唆を与えた。エルガーは王の示唆を採りあげ〔これには彼の友人から、はっきりと反対のアドバイスがあった。〕、「頌歌」のクライマックスにこの曲を組み込むために、歌詞の作成をもとめた。エルガーは1902年2月に書きはじめ、3月末までに声部を書き終えた。その内訳は I, III, IV, V VIであった。それからベンソンは、アレクサンドラ王妃にふれた歌の必要性を実現させ、「古代の諸王の娘」を加えた。これはエルガーがしぶしぶ「王が戴冠したまわんことを」の後に付け加えた。エルガーは「英国よ、自問せよ」を「王が戴冠したまわんことを」の後に続けさせたかったのである。
ブージー出版は、大変な人気を博したので〔声楽の楽譜はブージー社から出版された。〕、エルガーに「希望と栄光の国」の改訂版を求め、それは別の曲として作成された。事実、ロンドンでの「頌歌」初演の1週間前の「戴冠式コンサート」でクララ・バットによって歌唱され(音声ファイル参照)、大成功をおさめた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「戴冠式頌歌」の詳細全文を読む




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