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徹肌イ郎 : ミニ英和和英辞書
徹肌イ郎[はだ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はだ]
  1. (n,n-suf) (1) skin 2. body 3. (2) grain (e.g., of wood) 4. texture 5. (3) disposition 6. temperament 7. character 8. type 

徹肌イ郎 ( リダイレクト:徹肌ィ郎 ) : ウィキペディア日本語版
徹肌ィ郎[てつ はだいろう]

徹 肌ィ郎(てつ はだいろう、1977年11月2日 - )は、日本男性総合格闘家。本名は鈴木 徹(すずき てつ)。岩手県水沢市(現・奥州市)出身。和術慧舟會東京道場所属。
柔道をベースにしたグラップリングの実力者であり、グラップリングの世界選手権であるアブダビコンバットでは、2005年、2007年と連続出場。2007年大会では66kg未満級4位となった。
肌色のリングパンツを着用して試合を行う。また、コスプレによる奇抜な入場パフォーマンスを行なう。宇宙人を自称している。
== 来歴 ==
2003年9月13日、DEMOLITION atomでプロデビュー。浅井聖勝と対戦し、アキレス腱固めで勝利。
2005年3月20日、アブダビコンバット日本予選66kg未満級に出場し、優勝を果たした。
2007年3月12日、HERO'Sのオープニングファイトで金原正徳と対戦し、判定負け。入場時には、キューピーのマスク(セコンドの廣野剛康はマヨネーズの着ぐるみ)で登場した。
2007年4月15日、アブダビコンバット日本予選66kg未満級に出場し、準優勝を果たした。
2007年5月、アブダビコンバット66kg未満級に出場し、4位入賞。
2008年3月16日、オーストラリアで開催された修斗公式戦「SHOOTO III MMA & Professional Boxing」でダニエル・リマと環太平洋フェザー級王座決定戦で対戦予定であったが、リマが準備不足を理由に欠場したため試合が消滅した〔プロ修斗 3/16 パース大会 環太平洋王座決定戦中止。太田拓己参戦決定。 SHOOTO NEWS 2008年2月21日〕。
2008年4月5日、CAGE FORCE初参戦となったCAGE FORCE 06で藤原大地と対戦し、アームロックで一本勝ち。
2008年6月22日、CAGE FORCE 07のバンタム級王座決定トーナメント1回戦で戸井田カツヤとの和術慧舟會同門対決となったが、開始16秒パウンドによるTKO勝ち。入場時には、ゲゲゲの鬼太郎の目玉親父のコスプレで登場した。
2008年9月27日、CAGE FORCE 08のバンタム級王座決定トーナメント準決勝で大石真丈と対戦し、判定負け。
2008年12月1日、東京都中野区若宮野方駅)に自身の道場「和術慧舟會ネイキッドマン柔術」をオープンさせた〔【CAGE FORCE】「和術慧舟會ネイキッドマン柔術」が中野にオープン! Web Magazine 格闘王国 2008年11月26日〕。
2009年2月22日、ADCC世界大会アジア予選66kg未満級に出場。準決勝で八隅孝平に判定負けを喫した。
2009年10月24日、CAGE FORCEで寺田功と対戦し、判定勝ち。入場時には、パーマンのコピーロボットのコスプレで登場した〔【ケージフォース】メインで永田が1年7か月ぶりの白星!元祖コスプレファイター徹も勝利 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年10月24日〕。
2010年7月19日、修斗環太平洋フェザー級(-60kg)チャンピオンシップで岡嵜康悦と対戦し、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した〔【修斗】王者強し!3大タイトルマッチはランバー、土屋、岡嵜が初防衛 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年7月19日〕。
2010年9月26日、CAGE FORCEで村元宏基とグラップリングルールで対戦し、開始51秒アームロックで一本勝ちを収めた〔【ケージフォース】パンクラスとの対抗戦第一弾で、王者・近藤有己がまさかの敗北 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年9月26日〕。
2012年1月8日、修斗環太平洋フェザー級チャンピオンシップで扇久保博正と対戦し、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。
2013年1月20日、修斗環太平洋フェザー級チャンピオン決定戦で佐々木憂流迦と対戦し、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した。
2013年3月24日のADCCアジア予選を最後に「徹肌ィ郎」のリングネームを封印。
9月21日のプロ柔術よりリングネームを「羽田 徹ィ郎(はだ てついろう)」に改めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「徹肌ィ郎」の詳細全文を読む




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