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岩釣兼旺 : ミニ英和和英辞書
岩釣兼旺[いわ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いわ]
 【名詞】 1. rock 2. crag 
: [つり]
  1. (io) (n) fishing 2. angling
: [けん]
  1. (conj,n) and 2. in addition 3. concurrently 

岩釣兼旺 ( リダイレクト:岩釣兼生 ) : ウィキペディア日本語版
岩釣兼生[いわつり かねお]
岩釣 兼生(いわつり かねお、1944年3月25日 - 2011年1月27日)は、日本柔道家。七段。身長182cm、体重105kg(全盛期)。
晩年、雑誌などでは岩釣 兼を名乗ることが多かった。
== 「鬼の木村」最強の弟子 ==
熊本県出身。熊本県立鹿本高等学校時代、柔道史上最強をうたわれる「鬼の木村政彦」にスカウトされ拓殖大学に入学。当時の木村の指導方法は、気が向いたら真夜中だろうと部員を叩き起こすというもので、1日のうち24時間が練習時間と言っても過言ではないくらい厳しいものであったとされる。
岩釣は師匠ゆずりの独特の大外刈りや腕緘(キムラロック)を身につけて、1965年の大学4年時、キャプテンとして部を率い、全日本学生柔道優勝大会決勝でそれまで4連覇していた明治大学を破って拓殖大学を戦後団体戦初優勝に導く。そのレギュラーメンバーの中には東京オリンピック重量級銀メダリストのロジャースらがいた。
大学卒業後は兵庫県警に入り、下宿の庭に電柱を立てて毎晩1000本の打ち込みをするなど「鬼の木村」を受け継ぐ猛練習を重ね、各種警察大会で何度も優勝したほか、1971年全日本選手権では、3回目の出場にて悲願の初制覇を果たした。世界選手権チャンピオンの佐藤宣践や後のオリンピック金メダリスト関根忍二宮和弘らを退けての優勝であった。この優勝は拓大としては木村政彦以来の快挙で、その後も拓大から全日本チャンピオンは出ていない。
同じく1971年の9月に開催された世界選手権では、岩田久和明治大)と共に重量級代表として出場するも、3回戦でイギリスキース・レムフリーに敗れ、メダル獲得はならなかった。
翌1972年の全日本選手権では、2回戦で村井正芳に敗れ連覇ならず。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「岩釣兼生」の詳細全文を読む




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