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岩畔豪雄 : ミニ英和和英辞書
岩畔豪雄[いわくろ ひでお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いわ]
 【名詞】 1. rock 2. crag 
: [ほとり]
 【名詞】 1. (in the) neighbourhood 2. neighborhood 3. vicinity 4. nearby
: [ごう]
 【名詞】 1. fine feathers 2. writing brush 3. a little
: [おす]
 【名詞】 1. male (animal) 

岩畔豪雄 : ウィキペディア日本語版
岩畔豪雄[いわくろ ひでお]

岩畔 豪雄(いわくろ ひでお〔兵頭二十八軍学塾 近代未満の軍人たち、兵頭二十八著、光人社、2009年、p186-194〕、1897年10月10日 - 1970年11月22日)は、日本陸軍軍人、最終階級は陸軍少将。後方勤務要員養成所(陸軍中野学校)設立者、京都産業大学設立者の一人で元理事〔〔関西私立9総合大学・創立者と初代学長 〕。
== 生涯 ==

=== 生い立ち ===
広島県安芸郡倉橋島(現・呉市)出身。倉橋島は海軍兵学校があった江田島の隣の島である。広島中学校(現広島県立国泰寺高校)から名古屋陸軍地方幼年学校陸軍中央幼年学校本科を経て、1918年大正7年)5月、陸軍士官学校(30期)を卒業。同年12月、歩兵少尉任官、北越新発田歩兵第16連隊付となる。すでにこの頃から思索性に冨み参禅を始めたといわれる。1919年(大正8年)9月、シベリア出兵、1年余に渡り寒地のパルチザン戦に参加。続いて1921年(大正10年)8月には台湾歩兵第1連隊付として熱地の台中に赴任。成績は優等ではなかったが1922年(大正11年)に山県有朋が死に、長州出身者が陸軍大学校試験の面接段階で全員落とされるという時の勢いに助けられ陸大入学〔。1926年(大正15年)12月陸軍大学校(38期)修了。1928年昭和3年)陸軍の物流を管理する整備局統制課に勤務。1929年(昭和4年)から整備局に関わった小磯國昭少将の提灯持ちとなる。傍ら1930年(昭和5年)に結成された陸軍内の青年将校の結社「桜会」に参加、国家改造案の研究を行う。「阿呆らしくて行く気にならない」と言っていたという説もある〔佐藤文昭他編著『太平洋戦争秘録 勇壮!日本陸軍指揮官列伝』、宝島社、2008年、p117-119〕。満州事変の翌1932年(昭和7年)8月、小磯に請われ満州に出向。関東軍参謀、対満事務局事務官として新国家満州国の組織の整備、及び産業の育成など経済事務の骨組み作りを担当〔〔blog 〕。計画経済の優位を書生風に信じた岩畔は、株式会社であった南満州鉄道国有化しようとして松岡洋右や内地の財界人の反発を買う〔。同局殖産課では渡辺武と机を並べて仕事をした。いかなる分野でも、名案尽きることなく溢れ、名文章のペーパーにも変換できる奇抜な軍人であった〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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