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屋良朝久 : ミニ英和和英辞書
屋良朝久[やら ちょうきゅう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りょう]
 【名詞】 1. good 
: [あさ, ちょう]
 (n-adv,n-t) morning

屋良朝久 : ウィキペディア日本語版
屋良朝久[やら ちょうきゅう]

屋良朝久(やら ちょうきゅう、萬歴三十年生〜康煕二年卒〔向氏屋良門中世系図、系図編集委員会〕、1602〜1663年)は、琉球王国第二尚氏王統王族。第三代国王尚真の第四王子尚龍徳・越来王子朝福の孫。唐名は向成章、大和名は屋良按司朝久。
琉球王国第二尚氏王統第三代国王尚真の第四王子尚龍徳の孫。向恭安の次男。嘉味田殿内の分家三世。兄の向成名・朝重が島添大里王子朝長(尚寧王の従兄弟)の娘(勢能君)へ婿入りして島添大里間切総地頭を継承したことにより、父親の跡目となり越来間切総地頭を継いだ。しかし、朝重は離婚して実父の跡目に戻り、順治2(1645)年、喜屋武間切の総地頭に転任。朝久は屋良按司となった〔士族門中家譜・球陽出版〕。
墓は近年子孫ら(屋良家、仲地家、新田家など)により首里から宜野湾市喜友名に移された。
次男に冨茂昌・新田親方宗則(耳目官、物奉行)、子孫に元沖縄県知事屋良朝苗、その長男で琉球大学名誉教授屋良朝夫、政治活動家屋良朝助、お笑いタレントパッション屋良(本名、屋良 朝苗)、沖縄芝居師仲地宗寛などがいる。
== 系譜 ==
屋良按司一家は本家である喜屋武御殿(のちの嘉味田殿内)と不仲であったことが伝わっており、朝久の長男は平民に落とされ、次男は尚豊王夫人・眞南風按司の養子になることで首里に残り、残った三男が屋良按司を継いだものの北谷に左遷された。
* 父:向恭安・越来按司朝村(嘉味田殿内二世)
* 母:眞鶴金・君辻按司加那志(尚清王第七王子伊江御殿一世尚宗賢・伊江王子朝義娘)
 * 兄(長男):向成名・喜屋武按司朝重

* 室:不詳
 * 長男:向思忠・朝休(按司の位を放棄して西原間切に落ちる。西原親方を追号〔「氏集」那覇市文化振興課(那覇市歴史博物館)〕)
 * 次男:冨茂昌・新田親方宗則(朝則)(尚豊王夫人・眞南風按司の猶子)
 * 三男:向思泰・屋良按司朝林

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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