翻訳と辞書
Words near each other
・ 小野徳三郎
・ 小野徳己
・ 小野心
・ 小野忍
・ 小野忠孝
・ 小野忠常
・ 小野忠明
・ 小野忠熈
・ 小野忠重
・ 小野忠重版画館
小野恒柯
・ 小野恭靖
・ 小野恵令奈
・ 小野恵子
・ 小野恵美
・ 小野悠斗
・ 小野悠美
・ 小野悦男
・ 小野愛
・ 小野慶子


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

小野恒柯 : ミニ英和和英辞書
小野恒柯[おの の つねえだ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [の]
 【名詞】 1. field 

小野恒柯 : ウィキペディア日本語版
小野恒柯[おの の つねえだ]
小野 恒柯(おの の つねえだ、大同3年(808年) - 貞観2年5月18日860年6月10日)は、平安時代前期の貴族書家出羽・小野滝雄の子。子に国梁・今井がいた。官位従五位上右少弁
== 経歴 ==
右京出身。祖父・永見征夷副将軍、父・滝雄は出羽守と東北地方の経営にあたった家柄を出自とする。
承和2年(835年少内記、のち大内記に昇進し美作近江大掾を兼ねた。承和8年(841年)式部大丞に転じるが、同年12月に賀福延らが渤海使として長門国に来着した際には、少外記・山代氏益とともに存問渤海客使を務めている。承和11年(844年従五位下叙爵
大宰少弐を経て、仁寿3年(853年右少弁斉衡元年(854年播磨を歴任するが、播磨守としての統治は簡素で要点をよく押さえていることを重視したが、開明的ではないと評されている〔『日本三代実録』貞観2年5月18日条〕。貞観元年(859年)には従五位上に叙せられた。
貞観2年(860年)5月18日卒去。享年53。最終官位は散位従五位上。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小野恒柯」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.