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小田急2400形 : ミニ英和和英辞書
小田急2400形[けい, かたち, ぎょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [た]
 【名詞】 1. rice field 
: [きゅう]
  1. (adj-na,n) (1) urgent 2. sudden 3. (2) steep 
: [けい, かたち, ぎょう]
  1. (suf) shape 2. form 3. type

小田急2400形 ( リダイレクト:小田急2400形電車 ) : ウィキペディア日本語版
小田急2400形電車[おだきゅう2400がたでんしゃ]

小田急2400形電車(おだきゅう2400がたでんしゃ)は、小田急電鉄(小田急)で1959年から1989年まで運用されていた通勤車両である。
近郊区間の輸送力増強のために登場した車両で〔、経済性を重視した設計が行われたことから "High Economical car" (略して「HE」)という愛称が設定された〔。先頭車と中間車の長さが3m以上も異なることが外観上の特徴で〔〔客室部分の定員を各車で合わせるために、1m前後の不等長で設計された電車の例は多く、小田急に置いても台枠を流用したために電動車と付随車で車体長が異なる事例が1700形に見られるが、意図的に車体長を大幅不等長にする手法は、西日本鉄道300形電車1次車(1939年)など限られた先例があるのみで、連接車や編成で使用することを意図しない地方私鉄を除けばあまり例がない。〕、1959年から1963年までの5年間にわたって4両固定編成×29編成の合計116両が製造された〔。当初は朝ラッシュ時の各駅停車へ集中的に運用されていた〔が、車両の大型化に伴い急行列車中心に運用されるようになった〔。特に箱根登山鉄道線へ直通する急行列車には1982年7月まで運用されていた〔が、収容力が小さいことから1985年から淘汰が始まり〔、1989年までに全車両が廃車となった〔。
小田急では、編成表記の際には「新宿寄り先頭車両の車両番号(新宿方の車号)×両数」という表記を使用している〔『鉄道ダイヤ情報』通巻145号 p.15〕ため、本項もそれに倣い、特定の編成を表記する際には「2477×4」のように表記、特定の車両については車両番号から「デハ2400形」などのように表記する。また、特に区別の必要がない場合は2200形2220形2300形2320形をまとめて「ABFM車」と表記し、本形式2400形は「HE車」、2600形は「NHE車」と表記する。本項で「急行列車」と記した場合は、準急急行を、「湯本急行」という表記は箱根湯本へ直通する急行列車をさすものとする。
== 登場の経緯 ==
小田急では1954年に初めてカルダン駆動方式電磁直通ブレーキを採用した2200形を登場させており、途中で駆動方式の変更などが行われた2220形に移行しつつ1959年初めまでの間に34両が増備されていた〔。ABFM車と通称されるこれらの車両は、18m級車体の3扉車で、出力75kWのモーターによる全軸駆動方式であり、2両分8個のモーターを制御器1台で制御する経済的な「1C8M制御方式(MM'ユニット制御方式)」等を採用した高性能な車両であった〔。このような高加速車を投入し、ダイヤの密度を高めることは輸送改善に役立った。複々線化や待避線の建設など大がかりな地上設備の改善を図るよりは、安上がりな輸送改善策でもあった。しかし、これらの車両はそれまでの吊り掛け駆動方式の車両と比較すれば加減速性能に優れた車両であったが、全車電動車方式の採用は主電動機の台数も倍増することになり、新造・保守のコスト増も招いていた〔〔この頃、国鉄の国鉄モハ90系電車も、変電所容量などの理由により、全車電動車方式の見直しを余儀なくされていた。〕。
一方、1950年代後半、小田急小田原線の沿線では宅地開発が急速に進み教育機関等の郊外移転も進行したことから、輸送需要の増加は毎年10%近くも増加するようになっていた〔。このため、これまで以上のペースで車両数の増加を図る必要に迫られると予測された〔が、車両の製造単価が上昇する上に、製造する両数までこれまで以上に増加することは、投資額の増加を招き、会社経営的に問題視されるようになった〔。そこで、車両製作費を抑えるべく、全車電動車方式を見直し、電車の電動車付随車の比率、いわゆる「MT比」〔Mは電動車、Tは付随車のこと。〕を1:1とした、言い換えれば電動車と付随車を同じ両数で編成を組成する、経済性を重視した新型車両を開発することになった〔。ただし、これには「高加減速の性能を低下させてはならない」という条件がつけられることになった〔。
この時期、全長20m級の通勤車両である1800形が運用されていたことから、新型車両についても20m級とすることが検討された〔。しかしこの当時、各駅停車の停車駅のホーム長は17.5m車4両編成が停車可能な70mしかなく〔、20m車では3両編成までしか組成できないためにかえって輸送力が減少してしまうこと〔、ホーム延伸についてはすぐに対応できる問題ではないと考えられた〔ため、新型車両は全長70mの4両固定編成とすることになった〔。また、ABFM車の4両編成では編成重量が132tであったところ、新型車両では4両固定編成で編成重量を105tとすることを目標として設定した〔。
これらの課題を解決するために開発された車両がHE車である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小田急2400形電車」の詳細全文を読む




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