翻訳と辞書
Words near each other
・ 小槻山君
・ 小槻広房
・ 小槻氏
・ 小槻神社
・ 小横径、両側頭径
・ 小樺ダム
・ 小樽
・ 小樽IC
・ 小樽JCT
・ 小樽あんかけ焼きそば
小樽あんかけ焼そば
・ 小樽のひとよ
・ 小樽アウトレットタウンWALL
・ 小樽インターチェンジ
・ 小樽カントリー倶楽部
・ 小樽サンモール一番街
・ 小樽シーフーズ海商
・ 小樽ジャンクション
・ 小樽ジャーナル
・ 小樽ターミナル


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

小樽あんかけ焼そば : ミニ英和和英辞書
小樽あんかけ焼そば[おたるあんかけやきそば]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [たる]
 【名詞】 1. cask 2. barrel 
焼そば : [やきそば]
 【名詞】 1. fried soba 

小樽あんかけ焼そば : ウィキペディア日本語版
小樽あんかけ焼そば[おたるあんかけやきそば]

小樽あんかけ焼そば(おたるあんかけやきそば)は、北海道小樽市の多くの料理店で提供されているあんかけ焼そば昭和30年代より小樽市内に広まり、平成期まで小樽市民に愛好されている。2010年代以降には過疎の進む小樽市のPRのため、市民団体により精力的な普及活動が行われており、ご当地グルメとして話題になっている。
== 歴史 ==
小樽あんかけ焼そばの発祥については諸説ある。当初は1957年(昭和32年)に小樽市稲穂に移転オープンした中華料理店「梅月(ばいげつ)」の「五目あんかけ焼そば」を元祖とする説が有力であった〔〔。当時の同店は比較的敷居が低く観光客にも親しまれ、当時急増していたカニ族にも好評を博し〔、小樽市民も市内中心部での買物後に同店であんかけ焼そばを食べることが流行するほどの人気ぶりであった〔。「梅月」は2代目店主・近藤祐司の代に最盛期を極めており、ほかの料理人たちにレシピを伝えることに積極的だった近藤の姿勢が、小樽市内にあんかけ焼そばを普及させることに一役買ったと見られている〔。
ただし後の研究によれば、小樽市内のほかの中華料理店「レストラン・ロール」や「来来軒」では1950年(昭和25年)頃にすでにあんかけ焼そばを提供していたとの報告もあり、日本全国の中華料理店であんかけ焼そばが賄い料理として出されていたことを考慮すると、小樽あんかけ焼そばの起源は「梅月」よりもさらに遡ることができるとの見方もある。また戦前には、小樽市内の多くのホテル料亭東京都京都府から調理師を雇い入れていたため、こうした人々があんかけ焼そばを小樽に伝え、港湾での労働者に愛好されて普及したとの説もある。
いずれにせよ、あんかけ焼そばが小樽市内に広く普及したのは昭和30年代と考えられており、腹持ちが良い上〔、冬は体が暖まることから多くの店にも普及したものと見られており、昭和30年代当時は「ハイカラなランチ」とブームになっていたという〔

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「小樽あんかけ焼そば」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.