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大島光俊 : ミニ英和和英辞書
大島光俊[おおしま みつとし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しま]
 【名詞】 1. island 
: [ひかり]
 【名詞】 1. light 
: [じゅん]
 【名詞】 1. excellence 2. genius

大島光俊 : ウィキペディア日本語版
大島光俊[おおしま みつとし]

大島 光俊(おおしま みつとし、元亀3年(1572年)- 元和4年7月18日1618年9月6日))は戦国時代武将大島光義の三男。母は武市通春の娘。別名は光定、光重。通称は久左衛門。子に大島義治大島光隆
==生涯==
父光義を主として、加治田衆の兄光政と共に従軍する。織田斎藤丹羽豊臣徳川に仕える。関ヶ原の戦いでは、光政と共に西軍に加わり、父光義、長兄光成、弟光朝は東軍に分かれる。戦後、父と兄弟の活躍により、徳川家康に従う。父の死後に遺領の中から摂津国豊島郡美濃国席田郡大野郡加茂郡内の3250石を分与される。
江戸幕府では旗本寄合席となり、大迫大島氏の初代となり、明治まで続き、子孫は現在も続く。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大島光俊」の詳細全文を読む




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