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国栖奏 : ミニ英和和英辞書
国栖奏[くずそう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [くに]
 【名詞】 1. country 

国栖奏 : ウィキペディア日本語版
国栖奏[くずそう]
国栖奏(くずそう)とは奈良県吉野郡吉野町南国栖の浄見原神社(きよみはらじんじゃ)で、毎年旧暦1月14日に奉納される歌舞である。今日では国栖奏という呼称が定着しているが、従来は「国栖舞」または単に「翁の舞」と呼ばれ伝えられてきたもので、「国栖奏」とは大嘗祭諸節会などでの、宮廷儀礼として奏上の折の称である。奈良県指定無形民俗文化財
== 歴史 ==
宮廷への国栖奏の奏上は『日本書紀』によれば応神天皇19年冬11月の吉野行幸の際に国栖(国樔・くず)の人たちが醴酒(一夜酒)土毛(くにつもの)を献じて歌舞を奏じたのが始まりとされる〔高橋・鹿谷1991年 pp.128 f.〕〔奈良新聞社1996年 pp.40 f.〕。壬申の乱では大海人皇子(天武天皇)が吉野のこの地で挙兵する際に鑑賞し、天皇即位のあと大嘗祭などに奏奉することを制定した〔〔田中2009年 pp.50 f.〕。
宮中への参勤はやがて途絶えるが南国栖村には「相伝之神楽舞」が伝承され、明治10年(1877年)2月に今井町行在所称念寺)において天覧に供された。これが今日の国栖奏につながり〔〔、大正15年(1926年)に宮内省雅楽部の多忠朝〔多 忠朝(おおの ただとも 1883年 - 1956年) (kotobank.jp)〕の指導により整備されたものが伝わっている〔。
昭和53年(1978年)に奈良県の無形民俗文化財に指定されたことを契機に国栖奏保存会が発足、伝統行事を受け継ぎ毎月14日の練習を欠かさず行っている〔。翁舞を演じるのは、以前は翁筋と呼ばれる家の直系の嫡男の参加しか許されていなかった〔が、今では旧国栖村(国樔村)6ヶ大字の男性が参加できるようになっている〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「国栖奏」の詳細全文を読む




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