翻訳と辞書
Words near each other
・ 吉井孝輔
・ 吉井小学校
・ 吉井小百合
・ 吉井山一郎
・ 吉井山朋一郎
・ 吉井巌
・ 吉井川
・ 吉井川 (テレビドラマ)
・ 吉井幸介
・ 吉井幸助
吉井幸蔵
・ 吉井幸輔
・ 吉井広始
・ 吉井彩実
・ 吉井徳春
・ 吉井德春
・ 吉井忠
・ 吉井怜
・ 吉井愛美
・ 吉井慎一


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

吉井幸蔵 : ミニ英和和英辞書
吉井幸蔵[よしい こうぞう]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [い]
 【名詞】 1. well 
: [さち]
 【名詞】 1. happiness 2. wish 3. fortune 
: [そう, くら, ぞう]
 【名詞】 1. warehouse 2. cellar 3. magazine 4. granary 5. godown 6. depository 7. treasury 8. elevator

吉井幸蔵 : ウィキペディア日本語版
吉井幸蔵[よしい こうぞう]

吉井 幸蔵(よしい こうぞう、1856年1月2日安政2年11月25日) - 1927年10月7日)は、日本の海軍軍人政治家伯爵海軍少佐貴族院議員。水難救済会会長。
==経歴==
薩摩藩士・吉井友実の長男として生まれる。1869年イギリスへ私費留学。1872年に海軍生徒となり、アメリカドイツ、イギリスへ留学。1877年2月に帰国。1881年11月に海軍兵学校8期)を卒業し、1883年11月、海軍少尉任官。「比叡分隊長、軍事部、参謀本部海軍部第3局員などを経て、1886年7月から翌年6月まで海軍大臣西郷従道に随行してヨーロッパ各国へ出張する。
その後、海軍参謀部副官参謀本部出仕、欧州出張(有栖川宮威仁親王随行)、海軍参謀部第3課員、「扶桑分隊長、参謀本部出仕、参謀本部第3課員、「摩耶」「千代田」「磐城」の各分隊長などを歴任した。日清戦争では「秋津洲」分隊長として出征し、1894年12月に海軍少佐に進級し「武蔵」副長となった。1895年侍従武官となり、同年12月に待命。1897年4月、予備役に編入された。同年5月、大日本帝国水難救済会第2代会長となり、以後死去するまでボランティアによる海難救助を目的とする同会の組織育成に尽くした。1905年11月1日に退役〔『官報』第6711号、明治38年11月10日。〕。
また、1922年5月、帝国農会に倣って組織された官製系統団体帝国水産会の初代会長となり、1927年までその地位にあった〔『大日本水産会百年史 前編』社団法人大日本水産会、1982年、133頁。〕。
1891年5月、父の死去に伴い伯爵を襲爵。1897年4月から1925年7月まで貴族院議員を務めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「吉井幸蔵」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.