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原全教 : ミニ英和和英辞書
原全教[はら ぜんきょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [はら, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation
: [ぜん]
  1. (n,pref) all 2. whole 3. entire 4. complete 5. overall 6. pan 

原全教 : ウィキペディア日本語版
原全教[はら ぜんきょう]
原 全教(はら ぜんきょう、1900年5月18日 - 1981年11月)は、日本登山家
石川県金沢市川除町生まれ。旧名坂部武二。8人兄弟姉妹(上から男2人、女6人)の次男。
1917年神田電気学校卒、1917年から雲水修行に入り北陸路を歩く。その後東京市役所都市計画課に勤務し1943年退職。兵役は1937年から2年間、満蒙へ出征。目黒でガリ版印刷『謄友社』を開業(現在は大田区の株式会社謄友社)。その後「新宿バーテンダースクール」の講師を経て、目黒区自由が丘にトリスバー「アイガー」を開店。その後亡くなるまで渋谷区恵比寿駅近くに焼き鳥バー「すず」を経営。没後は嫡男原信彦が後を継ぎ、再開発で立ち退きするまで営業していた。元奥武蔵研究会顧問。
木暮理太郎田部重治に続いて1925年頃から奥秩父に分け入り、その景観、古風俗、史実、人情美への礼賛は凡庸ならざるものがあり、尾崎喜八をして秩父の王子と言わしめた。その著作『奥秩父 正・続』は奥秩父全書として申し分のないものであり、空前絶後の山書と言われている。〔原全教奥秩父続編朋文堂、1935年初版、1頁「秩父の王子」尾崎喜八著より引用〕
==著書==

*『奥秩父 正・続』朋文堂
*『奥秩父』朋文堂 昭和17年出版。前二作の増補改訂とされている
*『奥秩父研究』 朋文堂
*『多摩・秩父・大菩薩』 朋文堂
*『東京附近の谷歩き』朋文堂
*『奥秩父回帰』 河出書房新社

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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