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六郷政鑑 : ミニ英和和英辞書
六郷政鑑[ろくごうせいかん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ろく]
  1. (num) six 
: [せい, まつりごと]
 【名詞】 1. rule 2. government 
: [かがみ]
 【名詞】 1. model 2. pattern

六郷政鑑 : ウィキペディア日本語版
六郷政鑑[ろくごうせいかん]

六郷 政鑑(ろくごう まさかね、まさあきら)は、出羽本荘藩の第11代(最後)の藩主。
== 生涯 ==
嘉永元年(1848年)10月3日、第10代藩主・政殷の長男として生まれる。文久元年(1861年)6月5日、父政殷の死去により、家督を相続した。文久2年(1862年)12月1日、将軍徳川家茂に拝謁した。同年12月16日、従五位下兵庫頭に叙任する。慶応2年(1866年)4月15日、江戸の警備を命じられる。
慶応4年(1868年)、一時的に奥羽越列藩同盟に参加したものの、脱退した。同年7月、新政府に与して、幕府方の庄内藩と戦うことになった。しかし、軍勢が弱い上に武器が旧式というお粗末さだったために、庄内藩の軍勢に敗れ、8月6日には本荘城に火を放って敗走した。藩主・政殷らは久保田藩に避難した。同年9月11日、奥羽鎮撫総督府から見舞金3,000両を賜る。同年9月下旬、明治新政府の援軍によって反撃に転じ、本荘城を奪回した。明治2年(1869年)6月12日、戊辰戦争での功績を賞されて、永世1万石を賜った。
明治2年(1869年)6月22日、版籍奉還にともない、知藩事に就任した。明治4年(1871年)7月15日、廃藩置県により、藩知事を解任された。同年8月22日、東京に移る。明治17年(1884年)、子爵となる。晩年は故郷の本荘で過ごし、明治40年(1907年)7月23日に60歳で死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「六郷政鑑」の詳細全文を読む




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