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井野碩哉 : ミニ英和和英辞書
井野碩哉[いの ひろや]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [い]
 【名詞】 1. well 
: [の]
 【名詞】 1. field 
: [や]
 (n) question mark

井野碩哉 : ウィキペディア日本語版
井野碩哉[いの ひろや]
井野 碩哉(いの ひろや、1891年(明治24年)12月12日 - 1980年(昭和55年)5月19日)は、日本政治家官僚農林大臣(第20代)、拓務大臣弾劾裁判所裁判長(第30代)、衆議院議員(1期)。戦後の公職追放解除後、参議院議員(3期)、法務大臣などを務めた。兄は満州国最高法院長の井野英一
== 来歴・人物 ==
東京府東京市(後の東京都)日本橋区出身。東京開成中学一高東京帝国大学卒業後、農商務省官僚となる。
農林省蚕糸局長を経て、1937年(昭和12年)に企画庁創立に伴い企画庁次長(初代)となる。その後、農水次官に就任。1941年(昭和16年)、近衛内閣に農林大臣として初入閣。東条内閣でも引き続き農林大臣に就任。東条内閣では拓務大臣も兼務した。1942年(昭和17年)4月30日第21回衆議院議員総選挙に出馬して初当選をした。1945年(昭和20年)、護国同志会結成に参画。
戦後、1945年(昭和20年)9月11日にA級戦犯容疑者として逮捕されるが、その後釈放。横浜巣鴨監獄に収容されていた際は、賀屋興宣らと囲碁を楽しんだという。
公職追放の解除後の、1953年(昭和28年)の第3回参議院議員通常選挙三重県選挙区から無所属で出馬して初当選した。岸信介系の参議院議員として政界に復帰した。緑風会を経て、1957年(昭和32年)8月に自民党に入党した。1959年(昭和34年)、第2次岸内閣改造内閣法務大臣に就任した。1965年(昭和40年)、勲一等瑞宝章を受章した。1967年(昭和42年)、弾劾裁判所裁判長に就任した。1972年(昭和47年)に、勲一等旭日大綬章を受章した。
1971年(昭和46年)に政界を引退した後に、皇學館大学学校法人皇學館の理事長に就任した。1978年(昭和53年)に、自叙伝「藻汐草―井野碩哉自叙伝」を著した。1980年(昭和55年)5月19日、腎不全のため死去した〔服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)5頁〕。叙正三位

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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