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世尊寺伊子 : ミニ英和和英辞書
世尊寺伊子[せそんじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [よ, せい]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 
: [みこと]
 【名詞】 1. (1) lord 2. prince 3. (2) words of a ruler
: [てら]
 【名詞】 1. temple 
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

世尊寺伊子 ( リダイレクト:建礼門院右京大夫 ) : ウィキペディア日本語版
建礼門院右京大夫[けんれいもんいんうきょうのだいぶ]
建礼門院右京大夫(けんれいもんいんうきょうのだいぶ、保元2年(1157年)? - 没年未詳)は、平安時代末から鎌倉時代初期にかけての女流歌人。父は藤原(世尊寺)伊行。母は大神基政の娘での名手である夕霧。名は伊子という説がある。〔角田文衛『日本の後宮』、学燈社、p.299〕
承安3年(1173年高倉天皇の中宮建礼門院平徳子に右京大夫として出仕。藤原隆信平資盛と恋愛関係にあり、資盛の死後、供養の旅に出たという。建久6年(1195年)頃後鳥羽天皇に再び出仕した。
家集に資盛との恋の歌を中心とする「建礼門院右京大夫集」がある。
山路の露の作者であるとする説がある。
== 脚注 ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「建礼門院右京大夫」の詳細全文を読む




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