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上毛カルタ : ミニ英和和英辞書
上毛カルタ[もう, け]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [じょう]
 (n,pref,suf) 1. first volume 2. superior quality 3. governmental 4. imperial 5. top 6. best 7. high class 8. going up 9. presenting 10. showing 1 1. aboard a ship or vehicle 12. from the standpoint of 13. as a matter of (fact) 13. superior
: [もう, け]
 【名詞】 1. hair 2. fur 

上毛カルタ ( リダイレクト:上毛かるた ) : ウィキペディア日本語版
上毛かるた[じょうもうかるた]

上毛かるた(じょうもうかるた)は、1947年昭和22年)に発行された郷土かるたである。群馬県の土地、人、出来事を読んでいる(全44枚)。上毛とは群馬県の古称。
毎年1月の予選大会の後、2月に行われる上毛かるた県競技大会に向けて、群馬県内の子供たちは、冬休みを利用するなどして練習に励む。そのため、子供時代を群馬県で過ごした人は、かるたの読み札をほぼ暗記している。
札の中で、「ち」の札だけは、時代によって読み札の文言の一部が変化する。「力あわせる『**万』」の『**万』の箇所に、その時代の県人口が入るためである。1947年昭和22年)の国勢調査による県人口は157万2787人で、初版発行時の「ち」の札は「力あわせる『百六十万』」であった。1993年平成5年)から『二百万』となっている〔1973年(昭和48年)より百七十万、1977年(昭和52年)より百八十万、1985年(昭和60年)より百九十万。〕
1998年(平成10年)には、英語版も発行されている。財団法人群馬文化協会が発行元であり、各種の著作権を有していたが、2013年(平成25年)10月28日に、上毛かるたの権利を群馬県に無償譲渡した〔群馬県ホームページ 〕。昨今では県競技大会の他にも上毛かるたを用いたイベントが行われており、2013年(平成25年)2月からは初の全国大会となる『KING OF JMK~おとな達の上毛かるた日本一決定戦~』も開催されている。
== 誕生 ==
1946年(昭和21年)、旧制・前橋中学出身の浦野匡彦(のちに二松学舎大学学長に就任)は満州から故郷・群馬へ引き揚げ、恩賜財団同胞援護会県支部を取り仕切り、戦争犠牲者の支援に取り組んでいた。敗戦後の世情は混乱し、戦争孤児・寡婦などの境遇は悲惨なものだった。また、GHQの指令により、学校教育での地理・歴史の授業は停止されていた。人一倍郷土を愛し、誇りに思っていた浦野は、群馬の子供たちには愛すべき故郷の歴史、文化を伝えたい、という思いを募らせていった。
そのような中、1946年(昭和21年)7月15日前橋で開かれた引揚者大会で、浦野は安中出身のキリスト教伝道者、須田清基と出会い、かるたを通じて群馬の歴史、文化を伝えることを提案される。1947年(昭和22年)1月11日の上毛新聞紙上で構想を発表し、県内各方面から題材を募った。郷土史家や文化人ら18人からなる編纂委員会が44の句を選び、その年内に初版12,000組が発売された。翌1948年(昭和23年)には第一回上毛かるた競技県大会が開催される。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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