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三留理男 : ミニ英和和英辞書
三留理男[みとめ ただお]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
: [り]
 【名詞】 1. reason 
: [おとこ]
 【名詞】 1. man 

三留理男 : ウィキペディア日本語版
三留理男[みとめ ただお]
三留理男(みとめ ただお、1938年 - )は日本報道写真家国連から恒久IDカードを発行された世界でも数少ないジャーナリストの一人。
==来歴・人物==
1938年、日本統治下朝鮮北部・沙里院(現在は北朝鮮黄海北道沙里院市)に生まれる。1948年に長崎県佐世保市引き揚げる。山口県立萩高等学校在学中に、元朝日新聞カメラマンであった角川政治氏に師事、写真を学ぶ。
1958年に日本大学藝術学部写真学科に入学。在学中の1961年には写真集「Document 小児マヒの記録」(法政大学出版局)を出版した。同年には初の個展を開催し、各方面より高い評価を得る。
その後、日本大学藝術学部写真学科を中退。1960年代半ばより報道写真家としてアフリカギニアの部族を取材する。また、パレスチナインドシナ三国の国際紛争を取材する。
1981年に『アコロ「食うものをくれ!!」』(集英社)を出版。ケニアの西北部、トルカナ地方で飢餓に苦しむ人々の姿をルポルタージュした写真は人々に大きな衝撃を与えた。同年、毎日新聞で発表した「ケニア飢餓前線」は東アフリカ救済キャンペーンの契機となった。
『国境を越えた子供たち』(集英社)をはじめとする一連の作品で、世界の様々な国境線上の状況を、強い問題意識と共感を持って取材した作品は反響を呼んだ。この功績が認められ、1982年に第一回土門拳賞を受賞した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三留理男」の詳細全文を読む




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