翻訳と辞書
Words near each other
・ 三枝守友
・ 三枝守昌
・ 三枝守輝
・ 三枝実央
・ 三枝幸文
・ 三枝康高
・ 三枝成彰
・ 三枝成章
・ 三枝成章の気まぐれ
・ 三枝斐子
三枝昂之
・ 三枝昌吉
・ 三枝昌貞
・ 三枝有
・ 三枝氏
・ 三枝浩樹
・ 三枝源次郎
・ 三枝照雄
・ 三枝玄樹
・ 三枝祇神社


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

三枝昂之 : ミニ英和和英辞書
三枝昂之[さいぐさ たかゆき]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
: [これ]
 (int,n) (uk) this

三枝昂之 : ウィキペディア日本語版
三枝昂之[さいぐさ たかゆき]
三枝 昂之(さいぐさ たかゆき、1944年1月3日 - )は日本の歌人文芸評論家。歌誌「りとむ」主宰。日本歌人クラブ会長。山梨県立文学館館長。宮中歌会始の選者でもある。
== 経歴・著述活動 ==
山梨県甲府市生まれ。父・清浩は窪田空穂門下の歌人。五人兄弟の四男。歌人の今野寿美は妻、同じく歌人の三枝浩樹は弟(五男)。
早稲田大学入学と同時に早稲田大学短歌会に入会。機関誌「早稲田短歌」には初期評論「60年から70年への中間で」など、現在の旺盛な評論活動の片鱗をうかがうことができる。早稲田大学政治経済学部卒業。1969年には福島泰樹伊藤一彦、三枝浩樹らと共に伝説の同人誌「反措定」を創刊。創刊号の時評「内なる"王国"に向けて」では「短歌をボソボソとつくり続けている唯一の理由は、自己の暗い衝動を自己から発して、自己に帰るという孤立的な円環の中で表現し、対象化し続けることがある全体への融合、自己の根や王国に限りなく自己を近づける行為であると確信するからに他ならない」と論じている。
その後、1978年に馬場あき子主宰の結社誌「かりん」に入会。同年、第2歌集『水の覇権』により第22回現代歌人協会賞受賞。1992年には三枝浩樹、今野寿美と共に歌誌『りとむ』を創刊。
1990年~93年にかけて立て続けに評論集を出版。短歌表現史論『うたの水脈』(而立書房刊)、『正岡子規からの手紙』(五柳書院)、そして評伝評論『前川佐美雄』(五柳書院)。1998年には第7歌集『甲州百目』(砂子屋書房)にて第3回寺山修司短歌賞を受賞。2002年は第8歌集『農鳥』にて第7回若山牧水賞を受賞。2004年には、対談集『歌人の原風景』(本阿弥書店)を出版した。
また、「昭和短歌の歩みをあるがままに描きたい。これが本書の動機である。歌人たちは昭和の暮らしをていねいに詠み、時代を真摯に担った。歌人たちと歌のその真摯を、時代背景を重ねながら提示したいという願いが、その動機を支えている。(あとがき)」と、昭和短歌史を新しい形で組み立てた、10年越しの労作『昭和短歌の精神史』(本阿弥書店)を2005年7月に出版。。11月には第9歌集『天目』(青磁社)。評論、創作活動共に現代短歌の新境地を拓いている。また、『昭和短歌の精神史』の功績に対して2006年3月、第14回やまなし文学賞、第17回斎藤茂吉短歌文学賞、第56回芸術選奨文部科学大臣賞(評論その他部門)、第4回日本歌人クラブ評論賞、第4回角川財団学芸賞の受賞を相次いで果たした。2009年、『啄木-ふるさとの空遠みかも』で第32回現代短歌大賞を受賞。2010年、第59回神奈川文化賞受賞。2011年6月、紫綬褒章を受章〔春の褒章、705人24団体が受章:社会:YOMIURI ONLINE(読売新聞) 〕。2014年、岡井隆に代わり日本経済新聞歌壇選者、秋葉四郎に代わり日本歌人クラブ会長に就任。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三枝昂之」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.