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ロンドンドリー侯爵 : ミニ英和和英辞書
ロンドンドリー侯爵[ろんどん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ロンド : [ろんど]
 (n) rondo, (n) rondo
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [こう]
  1. (n,n-suf) marquis 2. lord 3. daimyo 
侯爵 : [こうしゃく]
 【名詞】 1. marquis 2. marquess 

ロンドンドリー侯爵 ( リダイレクト:ロンドンデリー侯爵 ) : ウィキペディア日本語版
ロンドンデリー侯爵[ろんどんでりーこうしゃく]

ロンドンデリー侯爵()は、イギリス侯爵位。アイルランド貴族
初代ロンドンデリー伯爵が1816年に叙されたのに始まる。
== 歴史 ==

アイルランド議会の議員を務めた(1739年 – 1821年)は、1789年9月20日にロンドンデリー男爵、1795年10月1日にカスルリー子爵(Viscount Castlereagh)、1796年8月8日にロンドンデリー伯爵(Earl of Londonderry)、1816年3月3日にロンドンデリー侯爵(Marquess of Londonderry)に叙せられた。いずれもアイルランド貴族爵位である。1801年にグレートブリテン王国アイルランド王国が合同し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国が成立したが、アイルランド貴族は自動的にイギリス貴族院の議席を得ることはなく、貴族代表議員に選出された者のみが貴族院に議席を得ることになった。彼は1801年から1821年の死去まで貴族代表議員として貴族院に議席を有した。
その長男ロバート・ステュワート(1769年 – 1822年)は爵位継承前、カスルリー子爵を儀礼称号として使用していた1812年に外務大臣に就任し、1822年の死去までの長期にわたって務め、ナポレオン戦争後のウィーン体制の構築に貢献した。彼は1822年に自殺したが、その前年に第2代ロンドンデリー侯爵位を継承したばかりだった。
2代侯には子供がなく、その異母弟チャールズ・ヴェーン(1778年 – 1854年)が第3代ロンドンデリー侯爵位を継承した。彼はその頃までに軍人としての戦功から連合王国貴族ドニゴール州におけるステュワーツコート=バリーローンのステュワート男爵(Baron Stewart, of Stewart's Court and Ballylawn in the County of Donegal)に叙せられており、また1818年にヴェーン=テンペスト家の女子相続人と再婚したのを機に勅許を得てヴェーンと改姓していた。彼はさらにロンドンデリー侯爵位襲爵の翌年の1823年3月28日に後妻フランセスとの間の男子への特別継承を規定した連合王国貴族ダラム州におけるシーハムのシーハム子爵(Viscount Seaham, of Seaham in the County of Durham)とヴェーン伯爵(Earl Vane)に叙せられた。
そのため3代侯が死去すると先妻との間の長男(1805年 – 1872年)が4代ロンドンデリー侯爵位を継承する一方、後妻との間の長男(全て子供の中の次男)(1821–1884)(彼は1851年に勅許を得てテンペスト姓を加えたヴェーン=テンペストに改姓していた)も第2代ヴェーン伯爵位と第2代シーハム子爵位を継承した〔。
4代侯には子供がなかったので4代侯の死後、2代ヴェーン伯ジョージ・ヴェーン=テンペストが5代ロンドンデリー侯爵位も継承している。その子である6代侯(1852年 – 1915年)は、1885年に勅許をえてスチュワート姓を復活させてヴェーン=テンペスト=ステュワートに改姓した。彼は保守党の政治家として保守党政権下で(在職:1902年 - 1905年)や(在職:1903年 - 1905年)など閣僚職を歴任した。
その子である第7代ロンドンデリー侯(1878年 – 1949年)も、保守党の政治家として保守党政権下で(在職:1928年 - 1929年、1931年)や(在職:1931年 - 1935年)や(在職:1935年)などの閣僚職を歴任した。
現在の当主は、その曽孫にあたる第10代ロンドンデリー侯フレデリック・ヴェーン=テンペスト=ステュワート(1972年 - )である。
一族の本邸は北アイルランドダウン州のだった。他にイングランドダラムの、ロンドンのなどの邸宅を所有した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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