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リーカウント : ミニ英和和英辞書
リーカウント[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

リーカウント : ウィキペディア日本語版
リーカウント[ちょうおん]

リーカウント(、1925年 - 1948年)は、アメリカ合衆国サラブレッド競走馬、および種牡馬1928年ケンタッキーダービーで優勝し、イギリスコロネーションカップに勝っている。種牡馬としてもカウントフリートなどの父となった。1978年アメリカ競馬殿堂入りを果たした。馬名はレイカウントとも表記される。
== 経歴 ==
エクスターミネーターの馬主などとして知られたオーナーブリーダー、ウィリス・シャープ・キルマーの生産した競走馬で、1925年に彼の所有したバージニア州ニューマーケット近郊の「コート・マナー」と呼ばれる邸宅(マナーハウス)で誕生した。
その後同じくオーナーブリーダーのジョン・ダニエル・ヘルツに購入され、ヘルツ夫人名義で1927年に競走馬としてデビューした。ウォルデンハンデキャップやケンタッキージョッキークラブステークスなどで優勝し、この年14戦4勝の戦績を収めた。また、当時の2歳戦における最高峰の競走フューチュリティステークスにも出走し、同厩舎のアニタピーバディ〔同馬主・同厩舎の牝馬で、3歳までに8戦7勝の戦績で引退している。フューチュリティステークスにおいては、馬主が同じであったことから意図的にリーカウントに敗北させたという説が存在する。〕に僅差で敗れている。
リーカウントの全盛期であったのが、3歳シーズンにあたる1928年であった。ケンタッキーダービーではレース前半から前のほうに位置取り、最後の直線で抜け出すと、持ったままで後続に3馬身の差をつけて優勝した。このときの鞍上であったチック・ラングはカナダの騎手で、同競走は現在のところ唯一のカナダ人によるケンタッキーダービー制覇でもある。
怪我のためにプリークネスステークスベルモントステークス〔当時はまだアメリカクラシック三冠の概念は存在しなかったが、それぞれがすでに権威ある競走として位置づけられていた。〕には出走できなかったが、その後に出走したローレンスリアライゼーションステークスでは、プリークネスステークス優勝馬のヴィクトリアンを下して優勝している。
また、古馬との対決においても存分に力を発揮した。ジョッキークラブゴールドカップではチャンスショットやディスプレイなどの古豪を相手に優勝している。この年8戦7勝と結果を残し、リーカウントは同年のアメリカ年度代表馬に選出された。
4歳シーズンはイギリスへと遠征し、そこで5戦を経験した。そのうちの1戦コロネーションカップで優勝したほか、アスコットゴールドカップでは2着に入っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「リーカウント」の詳細全文を読む




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