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ランニングフリー : ミニ英和和英辞書
ランニングフリー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ランニングフリー : ウィキペディア日本語版
ランニングフリー[ちょうおん]

ランニングフリー1983年4月20日 - 2006年10月)は日本競走馬。1980年代後半から1990年代初頭にかけて中央競馬G1戦線で息の長い活躍を続けた。馬主は作家で保守派の論客としても知られた藤島泰輔
== 戦績 ==
(※馬齢は旧表記とする)
1985年9月に中山でデビュー、年を越して4戦目の未勝利戦で初勝利を挙げた。4戦を経て5月に2勝目を挙げるが、その後は秋まで900万下条件で走り続けた。しかし10月の津久井特別で3勝目を挙げると、次走、格上挑戦となったG3福島記念で50キロという軽ハンデを活かして勝利し、オープン馬となった。馬主の希望で次走グランプリ有馬記念に登録するが除外となった。
しかしオープン馬となった後は6戦して2度の5着が最高と苦戦を強いられ、1987年2月には獲得賞金規定により準オープン馬に格下げとなった。しかし直後に内外タイムス杯を2着とした後、芝のオープン戦マーチステークス(当時は中山芝1800のレース、さらにこの年は中山競馬場の改修に伴って、東京競馬場での代替開催)を4馬身差で勝利しオープンに復帰した。次走の春の天皇賞でも、13番人気ながらタマモクロスの2着と健闘し、波乱を演出した。
その後はオープンに定着し、G1戦線で常に掲示板をキープする好走を続けた。7歳時にはアメリカジョッキークラブカップ日経賞とG2を2連勝するなど活躍した。この日経賞が最後の勝利となったものの、その後も中長距離路線を走り続け、9歳になった年頭のアメリカジョッキークラブカップ3着を最後に引退した。
華々しい活躍こそなかったがコツコツと走り続け、堅実に賞金を稼いでいた事から競走生活の晩年には「馬主孝行」「無事是名馬」の代名詞といわれるようになり、ファンからも愛される存在となった。
晩年の競走成績においては、2度の重賞勝ち、低人気ながら2年連続の有馬記念4着など、中山競馬場に活躍が集中していることから、競走生活の晩年には中山巧者としても注目されたが、福島記念、マーチステークス、春の天皇賞など他場での活躍もあり、陣営はランニングフリーが中山得意という認識はなかったことが、馬主の著書に記されている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ランニングフリー」の詳細全文を読む




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