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ライク・ア・ローリング・ストーン : ミニ英和和英辞書
ライク・ア・ローリング・ストーン[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ライク・ア・ローリング・ストーン : ウィキペディア日本語版
ライク・ア・ローリング・ストーン[ちょうおん]

ライク・ア・ローリング・ストーン」()は、アメリカミュージシャンボブ・ディランの楽曲。1965年7月20日シングルとしてリリースされ、アルバム『追憶のハイウェイ61』に収録された。ディラン最大のヒット・シングルであるだけでなく、60年代のロック変革期を象徴する曲とされて、彼の名声を神話的レベルにまで高めた作品である。
==解説==
この曲は6分という、当時のシングルとしては異例の長い演奏時間を有していた(当時は3分程度というのがシングルの常識だった)。また、「孤独嬢(Miss Lonely)」の転落を通じて、虚飾に満ちた生き方からの脱却を説く歌詞も、従来のヒットソングにはない辛辣さを持っていた。それにもかかわらず、ラジオによる放送などで評判となり、大ヒットを記録。彼にとって、『キャッシュボックス』で初めて(そして唯一の)シングルチャートNo.1となった(ビルボードでは2位)。
ディランは、『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』からエレクトリックギターとバンド演奏によるサウンドを導入していたが、この曲でマイク・ブルームフィールドブルース・ギターとアル・クーパーキーボードを加えることによって、それまでより歌詞に相応しい重量感と起伏・深度を表現できるようになった。ザ・ホークス(後のザ・バンド)を従えた1966年のワールドツアーのバージョン(『ロイヤル・アルバート・ホール(Live 1966)』収録)では、そのサウンドが更に完成されたものとなっている。
フォークソングをロックと同様の電気楽器を主体としたサウンドによって演奏する音楽形態は、フォーク・ロックと呼ばれるようになっており、すでにアニマルズの「朝日のあたる家」や、バーズによるディラン作品のカバー曲「ミスター・タンブリン・マン」などのヒット曲も現れていた。しかし、それらと比べてこの曲はフォークのトーキングソングに近いスタイルであり、それを自在な拍子でビートと融合させることによって、一層多様な言語表現を可能にした。ディブ・マーシュは「この時代からごく普通のロックバンドでもメッセージ性の強い曲を作るようになったのは、節や拍子が自由で歌詞の内容が制約されないディランの作品の影響によるもの」〔『ローリングストーンレコードガイド』講談社(1982年3月刊)〕 だとし、特にこの曲については「60年代の社会革命について言われるべきすべてのことが述べられている」というほどの重要性を認めている。
だが、旧来のフォークファンの間では、アコースティック楽器による演奏を純粋なフォークとして尊重する空気が強く、ディランの変化はフォークからロックへの転向とみなされて、大きな批判の声が上がっていた。1966年のワールドツアーでは、観客の一人が「ユダ(裏切り者)!」と叫び、場内に賛同するような拍手やブーイング、更には逆にそれを諌める声などが起こった際、ディランは「お前らなんか信じない。お前らは嘘つきだ!(I don't believe you. You're a liar!)」と言い放ち、大音量でこの曲を演奏した。これは、当時のディランを取り巻いていた状況を象徴する出来事として有名である(この音源は、アルバム『ロイヤル・アルバート・ホール』『ノー・ディレクション・ホーム:ザ・サウンドトラック』に、映像の一部が映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている)。
フォークは60年代初頭から公民権運動などと結びついて多くのプロテストソングを生み出し、知的な社会批評性を持つものとして大学生を中心に愛好されていた。ロックは1950年代から十代の若者を中心に流行していたが、ラブソングを主体とする娯楽性の強いものであった。フォークファンはそうしたロックを中身のない低級な音楽とみなす傾向が強く、プロテストソングの代表的作者であり、「フォークの貴公子」と呼ばれていたディランの変化を、商業主義への身売りであるとして非難していたのである。
だが「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、かつて上流階級に属していた女性の転落を描いた部分に見られる反体制的な社会批評性と、「How does it feel?(どんな気持ちだい?)」で始まる意識変革を促すフレーズが相まって、それまでのディランが追求してきたテーマの総決算となっている。この曲の大ヒットは、同時代のロック・ミュージシャンに大きな影響を与え、ロックは単なる若者の娯楽にとどまらない、反体制的な思想性を持つ音楽となって、その文化的影響力を飛躍的に拡大させた。
現在では、ロック史上でも最も重要な曲の一つとされ、2004年に『ローリング・ストーン』が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では1位となった
。そこでは「この曲以上に、商業上の法則と芸術的な慣習に根底から挑んで変革した楽曲はない」と評されている。また、2005年にイギリスの音楽雑誌『アンカット』が企画した「世界を変えた曲、映画、テレビドラマ」を選ぶ特集でも1位となった。ロックの殿堂の「ロックン・ロールの歴史500曲(500 Songs that Shaped Rock and Roll)」の1曲にも選出され、1998年グラミーの殿堂(Grammy Hall of Fame)入りを果たしている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ライク・ア・ローリング・ストーン」の詳細全文を読む




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