翻訳と辞書
Words near each other
・ ヨハン・カピオ
・ ヨハン・カルロ
・ ヨハン・カール (プファルツ=ゲルンハウゼン公)
・ ヨハン・カール・エーレンフリート・ケーゲル
・ ヨハン・カール・ケーヴェンヒュラー
・ ヨハン・カール・フライエスレーベン
・ ヨハン・カール・フリードリヒ・ガウス
・ ヨハン・カール・フリードリヒ・レルシュタープ
・ ヨハン・カール・メーゲルレ・フォン・ミュールフェルト
・ ヨハン・カール・ローゼンクランツ
ヨハン・ガドリン
・ ヨハン・ガルトゥング
・ ヨハン・ガレ
・ ヨハン・ギルデン
・ ヨハン・クライフ
・ ヨハン・クライフカップ
・ ヨハン・クライフ・カップ
・ ヨハン・クライフ・シャール
・ ヨハン・クライフ・シャール2010
・ ヨハン・クライフ・スハール


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ヨハン・ガドリン : ウィキペディア日本語版
ヨハン・ガドリン

ヨハン・ガドリンJohan Gadolin1760年6月5日-1852年8月15日)は、フィンランド化学者鉱物学者である。イットリウムの発見者である。フィンランドの化学の基礎を築いた。
== 人物・経歴 ==

ガドリンはヘルシンキ近くのトゥルクに物理学者の息子として生まれた。オーボ大学数学を学んだ後、1799年ウプサラ大学トルビョルン・ベリマンのもとで化学を学んだ。
ガドリンは最初の希土類元素を発見した。1792年スウェーデンイッテルビー村で発見された黒い鉱石を調査し、後にイットリアと命名される希土類金属の酸化物を分離した。その当時は元素だと考えられていた。
ガドリンが調査した鉱石はガドリンの名を記念して1800年ガドリン石(''gadolinite'')と名づけられた。後に希土類元素ガドリニウムはガドリンの名にちなんで、名づけられた。
1797年オーボ大学の化学教授になった。学生に実験を行わせた最初の科学者の1人である。北欧諸国で最初のフロギストン説を否定した化学の教科書を執筆した。
category:フィンランドの化学者


category:1760年生
category:1852年没

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ヨハン・ガドリン」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.