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マルヒフェルトの戦い : ミニ英和和英辞書
マルヒフェルトの戦い[まるひふぇるとのたたかい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

マルヒフェルトの戦い : ウィキペディア日本語版
マルヒフェルトの戦い[まるひふぇるとのたたかい]

マルヒフェルトの戦い()は、1278年8月26日に現在のオーストリアニーダーエスターライヒ州ゲンゼルンドルフ郡の都市デュルンクルトイェーデンシュパイゲン近郊で起きた、ドイツ王ルドルフ1世及びハンガリーラースロー4世と、ボヘミアオタカル2世との戦闘である。勝利したルドルフ1世は大きく勢力を伸ばし、ハプスブルク家ヨーロッパの有力家系に飛躍するきっかけを生んだ。
== 前史 ==
1250年神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世が死去、息子のコンラート4世1254年に亡くなりホーエンシュタウフェン朝は断絶、神聖ローマ帝国大空位時代を迎え、カスティーリャアルフォンソ10世イングランドの王族コーンウォールリチャードが立候補したが、どちらも国内事情で皇帝に即位出来なかった。
こうした中、1253年ボヘミア王に即位したオタカル2世は領土拡大に乗り出し、1251年バーベンベルク家が断絶したオーストリアを獲得、バーベンベルク家の相続人マルガレーテと結婚した(後にマルガレーテと離婚、クンフタ・ウヘルスカーと再婚)。1260年クレッセンブルンの戦いハンガリーベーラ4世を打ち破りシュタイアーマルクも獲得、1268年ケルンテン公ウルリヒ3世と契約を結び、翌1269年にウルリヒ3世が亡くなったためケルンテンも相続した。
帝国におけるオタカル2世の勢力拡大に危機感を抱いた選帝侯は、スイスの弱小領主に過ぎなかったルドルフ1世ドイツ王に選出した。オタカル2世は自分に断り無くルドルフ1世を選出したとして、彼の王位を認めなかった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マルヒフェルトの戦い」の詳細全文を読む




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