翻訳と辞書
Words near each other
・ マイキャラ
・ マイキュレーター
・ マイキラー
・ マイキー
・ マイキー&ニッキー/裏切りのメロディ
・ マイキーとアル マナーをおぼえよう
・ マイキー・ウィップリック
・ マイキー・ウィップレック
・ マイキー・ウェイ
・ マイキー・ドレッド
マイキー・ニコルス
・ マイキー・バッツ
・ マイキー・マーシャル
・ マイキー・ムーア
・ マイギ
・ マイギートー
・ マイク
・ マイク (曖昧さ回避)
・ マイク Family Show
・ マイク&モリー マシュマロ系しあわせ日記のエピソード一覧


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

マイキー・ニコルス : ミニ英和和英辞書
マイキー・ニコルス[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

マイキー・ニコルス : ウィキペディア日本語版
マイキー・ニコルス[ちょうおん]

マイキー・ニコルス(Mikey Nicholls、男性、1985年8月20日 - )は、オーストラリア出身のプロレスラーである。身長185センチメートル、体重103キログラム。2001年11月デビュー。
日本ではプロレスリング・ノア、オーストラリアではEPWMCWを主戦場としている。同郷のシェイン・ヘイストとのタッグチームThe Mighty Don't Kneel(TMDK)として活動中。
== 略歴 ==
学生時代はオーストラリアンフットボールクリケットなどを経験。2001年11月、オーストラリアのプロレス団体・EPWパース大会でのファーガソン・ブロック戦でプロ・デビュー。高校在学中の16歳でのデビューであった。同団体のシェイン・ヘイストタッグチーム「TMDK」を結成〔プロレスリング・ノア『Navig. in March 2011,GREAT VOYAGE 2011 in FUKUOKA』公式パンフレット〕。
2006年に初来日。新日本プロレスの7月2日の後楽園ホールで行われたワールドカップリベンジ 日本vsオーストラリア でハートリー・ジャクソンと組み、後藤洋央紀と対戦するも、稔のテラマエ485をカウント2で返したところ、すぐさま腕ひしぎ逆十字固めを極められてギブアップ負けをしてしまう。
2008年頃はアメリカのインディー団体であるPWGでも活動。
2010年秋、WLWとノア共催のレスリング・キャンプのトライアウトにパートナーのヘイストとともに合格。翌2011年2月21日に留学生として初来日し、合宿所に入寮。同年2月23日のSEM興行で、パートナーのヘイストと対戦する。高難易度の技を繰り出し、シューティングスター・プレスで勝利、華々しくノア・デビューを飾った。その後ツアーに帯同し、試合を行いながらセコンドや雑用もこなし、ノア流のプロレスを学習していく〔。
ノア留学終了後も引き続きヘイストとともにノアへ参戦を続け、セコンド・雑用を行いながら堅実に試合をこなしていき、ここ数年ではエディ・エドワーズボビー・フィッシュと並ぶノアへの参戦数が多い常連外国人レスラーとなった。また、アメリカのROHOVWにも参戦した。
2011年12月15日の後楽園ホール大会ではヘイストとのタッグTMDKで、鈴木鼓太郎&青木篤志が保持するGHCジュニアヘビー級タッグ王座に挑戦したが、シェインが鼓太郎のマスドライバーでフォールを奪われ敗北を喫した。しかし、王者組を圧倒するほどの連携の数々で好評を博し、王者組からその成長ぶりの早さと、立派なノアの一員であるとの評価を受けた。
その後、体重の増加に伴い、ヘビー級へ転向した。
2012年、ノアに入団した大型新人のエリック兄弟の日本デビュー戦の相手を務め、勝利。自身の得意技であるシューティング・スター・プレスマーシャル・フォン・エリックを下した。
その後、ザック・セイバー・ジュニア平柳玄藩に勝利するようになり、順調に試合を重ねる。同年11月にはグローバル・リーグ戦にも出場、GHCタッグ王者潮崎豪に勝利し、同王座への挑戦を表明した。
他にもアメリカのROHOVWTNAなどにも参戦経験がある〔IMPACT Wrestling Quick Thoughts for March 29, 2012: Austin Aries Main Events? 2012年10月閲覧〕。
2013年4月、ニコルス&ヘイストのタッグがグローバル・タッグ・リーグ戦に初出場。優勝進出とはならなかったが、GHCタッグ王者の新日本プロレス飯塚高史&矢野通から完璧な3カウント勝利を挙げた〔グローバル・タッグリーグ戦 2013|プロレスリング・ノア公式サイト 2013年5月閲覧〕。
同年5月12日付でヘイストとともにプロレスリング・ノア所属となった〔マイキー・ニコルス&シェイン・ヘイスト選手入団のご報告 , プロレスリング・ノア, 最終閲覧日:2013年5月18日〕。同日、ノア後楽園ホール興行「方舟新章」のセミファイナルで、GHCタッグ王者の新日本プロレス・飯塚&矢野にヘイスト&ニコルスが挑戦し、攻勢なるも反則ファイトに翻弄され逆転され敗退となった〔「方舟新章」5月12日(日) 後楽園ホール大会 試合後コメント|プロレスリング・ノア公式サイト 2013年5月閲覧〕。
7月7日、有明コロシアムで行われた「GREAT VOYAGE 2013 in Tokyo 七夕決戦 ~みんなの願い~」で飯塚&矢野と再戦し、勝利。GHCタッグ王座を奪取した〔「GREAT VOYAGE 2013 in Tokyo 七夕決戦~みんなの願い~」7月7日(日)有明コロシアム大会 試合後コメント|プロレスリング・ノア公式サイト 2013年8月閲覧〕。
また、9月16日の博多スターレーン大会では、GHCヘビー級王座へ初挑戦した〔GHC選手権開催のお知らせ|プロレスリング・ノア公式サイト 2013年8月閲覧〕。
2015年12月末日をもって、ノアとの契約期間満了〔契約期間満了に関するご報告 - プロレスリング・ノア公式サイト 2015年12月28日閲覧〕。
2016年2月11日、3月2日のディファ有明大会から10日の後楽園ホールまでヘイストと参戦をすることが発表。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「マイキー・ニコルス」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.