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フランソワ・モーリャック : ミニ英和和英辞書
フランソワ・モーリャック[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ラン : [らん]
 【名詞】 1. (1) run 2. (2) LAN (local area network) 3. (P), (n) (1) run/(2) LAN (local area network)
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

フランソワ・モーリャック ( リダイレクト:フランソワ・モーリアック ) : ウィキペディア日本語版
フランソワ・モーリアック[ちょうおん]


フランソワ・モーリアックモリヤックFrançois Mauriac 発音例 1885年10月11日 - 1970年9月1日)は、フランスカトリック作家。息子にクロード・モーリアック、外孫にアンヌ・ヴィアゼムスキーがいる。
1926年アカデミー・フランセーズ賞を受賞し、1952年にはノーベル文学賞を受賞した。なおアカデミー・フランセーズ賞受賞者としては初のノーベル文学賞受賞者であった。
== 生涯 ==
ボルドーの中産階級の家に生まれ、敬虔なカトリックの母に育てられた。1906年にパリに出て、フランス国立古文書学校に入学したがまもなく退校した。文学に専念し、《現代誌 ''Revue du Temps Présent''》に寄稿するかたわら、1909年に処女詩集『合掌 ''Les mains jointes''』を発表し、モーリス・バレスの賞賛を得る。第一次世界大戦に従軍し、戦後の1922年『癩者への接吻 ''La baiser au lépreux''』を発表して小説家としての地位を確立し、次いで1923年『火の河 ''La fleuve de feu''』『ジェニトリクス ''Génitrix''』を発表後、1925年『愛の砂漠 ''Le désert de l'amour''』によってアカデミー小説大賞を得た。また、1927年『テレーズ・デスケルウ ''Thérèse Desqueyroux''』、1932年『蝮のからみあい ''Le nœud de vipères''』などを発表したほか、『イエスの生涯 ''La Vie de Jésus''』やラシーヌパスカルを論じたものや小説論もある。
戦前は反ファシストの論陣を張り、第二次世界大戦中は反ナチス抵抗運動に参加、その記録に『黒い手帖 ''Cahier noir''』(1943年)がある。戦後は急進カトリック派の重要人物として、保守主義の立場から実存主義共産主義に対決している。1952年ノーベル文学賞を受賞している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「フランソワ・モーリアック」の詳細全文を読む




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