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パリティグリッド制 : ミニ英和和英辞書
パリティグリッド制[せい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [せい]
  1. (n,n-suf,vs) system 2. organization 3. organisation 4. imperial command 5. laws 6. regulation 7. control 8. government 9. suppression 10. restraint 1 1. holding back 12. establishment 1

パリティグリッド制 ( リダイレクト:トンネルの中の蛇#パリティ・グリッド制 ) : ウィキペディア日本語版
トンネルの中の蛇[とんねるのなかのへび]
トンネルの中の蛇(トンネルのなかのへび、)とは、1970年代ヨーロッパの最初の国際通貨協調の試みであり、当時の欧州の各国通貨間の為替変動をある一定内に収めることを目的としたものである。これは欧州経済共同体(EEC)による単一の為替変動幅(英:currency band)を創設する試みであり、当然の帰結として欧州経済共同体参加国のすべての通貨をお互いに固定していた。スネークスネーク制度とも呼ばれる。
== 概要 ==
ピエール・ウェルナーは1970年10月8日に経済通貨統合に関するレポートを欧州経済共同体(EEC)において発表した。〔Werner report in OJEC 〕ウェルナーのレポートにおいて提案された最初の3段階は経済政策協調および欧州各国通貨間の為替変動減少のための協調が含まれていた。〔The European Monetary System , accessed on 2010-06-01.〕〔European Parliament: The historical development of monetary integration , accessed on 2010-06-01.〕
1971年、ニクソン・ショックによるブレトン・ウッズ体制の崩壊に伴い、スミソニアン協定では、各国の通貨においてアメリカドルに対して設定された中心レート±2.25%(上下計4.5%)の変動幅が設定された。この変動幅が欧州の通貨に対して''トンネル''を与えたのである。しかしながら、この変動幅は欧州通貨が互いに許容可能だった幅よりも、もっとずっと大きな変動幅となっていた。例えば、もし通貨Aが設定された変動幅の下限から変動を始めたならば、この変動幅は通貨Aのドルに対する4.5%の増価を許容する。一方で、もし通貨Bが変動幅の上限から変動を始めたならば、 この変動幅はドルに対する4.5%の減価を許容する。〔European currency snake a picture available on CVCE website〕
仮に、これが同時に起こったとする。すると、通貨Aは通貨Bに対して9%の増価をすることになる。このような変動はあまりに激しいものと考えられたため、すでにEC(欧州諸共同体)あるいはEEC(欧州経済共同体)に参加していた6ヵ国(フランス西ドイツイタリアベルギーオランダルクセンブルク)の間で1972年4月10日にバーゼル協定(Accord de Bâle)が結ばれ、これによりトンネルの中の蛇が創設された。遅れてイギリスアイルランドデンマークが参加し、のちにスウェーデンノルウェーが参加した。〔嶋田悠一(2009)「<ゼミ単位取得論文> ユーロとイギリスポンドに関する一考察 」『岩本ゼミナール機関誌』13、82ページ。〕〔〔権上康男(2005)「ヨーロッパ通貨協力制度『スネイク』の誕生 (1968-73年)」『エコノミア』、56巻1号、77ページ。〕これは2国間通貨で相互の変動を2.25%に抑えるというものであり、すなわち2国間の最大変動幅は4.5%に設定されたということであった。〔The Road to Monetary Union 〕「トンネルの中の蛇」という名前の由来は、計4.5%というスミソニアン体制の変動幅のなかを、スネーク参加国通貨の為替レートが計2.25%という変動幅で変動する様子が、トンネルのなかを這う蛇に似ていたことである。〔羽森直子(2009)「EU通貨統合の歴史的背景 」『流通科学大学論集-経済・経営情報編-』17巻2号、125ページ。〕1972年4月24日にこの6ヵ国でトンネルの中の蛇は実行に移され、同年5月にはイギリス、デンマーク、スウェーデンによって実行に移された。〔白井 早由里(2009)「EUの通貨統合と金融・財政政策の規律 」『SFC ディスカッションペーパー』SFC-DP 2009-001、5ページ。〕このトンネルの中の蛇によって、すべてのスネーク参加国通貨はドルに対して同じような変動傾向を見せるようになった。また、このバーゼル協定はポンド圏の公式な終了へとつながった。
''トンネル''は1973年にドルの変動相場制への移行に伴って崩壊した。この「スネーク」は特定通貨の離脱や再参加に象徴されるように、持続不可能であると判明した。1976年のEC通貨危機後、スネークに残った国は、西ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、デンマーク、EC非加盟のノルウェーとスウェーデンのみであるという事実上のドイツマルク圏となった。これは、ドイツ・マルクを中心としたミニ・スネークと呼ばれる。ピエール・ウェルナーの計画は放棄されたのだった。〔なお、このミニ・スネークは極めて安定的に推移した。
トンネルの中の蛇、あるいはスネークの欧州経済共同体(EEC)における通貨協調機能は、その後の欧州通貨制度(EMS)に受け継がれた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「トンネルの中の蛇」の詳細全文を読む




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