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バートル・ホンタイジ : ミニ英和和英辞書
バートル・ホンタイジ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

バートル・ホンタイジ : ウィキペディア日本語版
バートル・ホンタイジ[ちょうおん]
バートル・ホンタイジモンゴル語:Баатар хунтайж、? - 1653年)は、オイラト部族連合に属すジュンガル部(ジュンガル・ホンタイジ国、)の第2代部族長、および初代ホンタイジ〔「ホンタイジ」はもともと中国語の「皇太子」を起源とする言葉だが、トメト部長アルタン・ハーンが自分の副王にホンタイジ号を与えて以来、西方を担当するハーンの副王(全権代理)の意味になっていた。《宮脇 2002,p196》〕。の子。
==生涯==
1636年、オイラト部族連合のホシュート部長トゥルバイフゲルク派の要請で青海遠征を行い、翌年(1637年チョクト・ホンタイジを殲滅し、ダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン(国師法王)となった。グーシ・ハーンはこの遠征に同行したジューンガル部長に「バートル・ホンタイジ(勇敢な副王)」の称号を授け、自分の娘と結婚させてジュンガル盆地の故地に帰した。こうしてバートル・ホンタイジは中央アジアのオイラト諸部の盟主となり、ロシア帝国と盛んに使節を交換し、交易を行った。
1653年、バートル・ホンタイジが死去し、グーシ・ハーンの娘から生まれたが父の領民の半分を相続して後継者となった。
〔宮脇 2002,p196〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「バートル・ホンタイジ」の詳細全文を読む




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