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ハワード・ジョーンズ : ミニ英和和英辞書
ハワード・ジョーンズ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ハワード・ジョーンズ : ウィキペディア日本語版
ハワード・ジョーンズ[ちょうおん]

ハワード・ジョーンズ(''Howard Jones''、1955年2月23日 - )はイギリスのミュージシャン。1980年代に隆盛したエレクトリック・ポップ、テクノポップの代表的アーティストである。
== 歴史 ==
イングランドサザンプトン出身。7歳からピアノを弾きはじめた。家族の仕事の関係で、隔年でイギリスとカナダを往復する生活であり、友達がなかなかできず、音楽にのめり込んで行ったという。その後、ミュージシャンとして成功する夢を抱くようになり、十代の頃からバンド活動を始め、主にプログレッシブ・ロックを演奏していた。パンク・バンドに入っていたこともある。王立北部音楽院でクラシックを専攻したものの中退し、工場の労働者やピアノの講師などをしながら地道な音楽活動を続けた。1983年WEAレコードとメジャー契約にこぎつけ、デビューする。
1983年10月、シングル「ニューソング」でデビューし全英3位の大ヒットとなる。さらに、「ホワット・イズ・ラブ」、「かくれんぼ」とヒット曲を連発した。翌1984年3月、ファースト・アルバム「ヒューマンズ・リブ」を発表、同アルバムは全英1位に輝いた。当時最先端のシンセサイザーを駆使しながら、決して尖らずポップで親しみやすいサウンドを作り出し、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの波に乗って世界中で人気を博す。日本でもアイドル的な人気があった。
1985年3月、セカンド・アルバム「ドリーム・イントゥ・アクション」を発表した。それに先駆けて発売されたシングル「オンリー・ゲット・ベター」は、アメリカのチャートでも第5位のヒット、また同アルバムからのシングルカット曲「悲しき願い」(フィル・コリンズとの共演)はアダルト・コンテンポラリー・チャートで1位に輝いた。英米両国で人気を博すミージュシャンであり、ライヴエイドにも参加した。なお、ローリング・ストーン誌で1986年度のベスト・キーボード・プレーヤーに選出された。
初期のライブは、ハワードが一人でシンセサイザーを演奏し、パントマイムダンサーのジェド・ホイルがパフォーマンスを繰り広げるというものであった。1984年暮れの全英ツアーあたりから、ドラムにトレバー・モレイス、ベースに弟のマーティンを迎えるなど、バンド編成になった。1984年7月にはプロモーションのために初の来日、同年9月には日本で初ライブを行っている。なお、NHKホールでのライブは、ビデオ「ハワード・ジョーンズ・イン・ジャパン」として発売された。その後も1985年8月、1986年12月(「ジャパン・エイド」出演のため)、1987年6月、1989年8月、1994年1月-2月としばしば日本を訪れてライブを行っている。2008年9月、14年ぶりに来日し、東京や大阪、福岡でライブを行った。
1986年10月発売のサード・アルバム「ワン・トゥ・ワン」あたりからセールスが落ち始め、1993年のベスト・アルバム「ベスト・オブ・ハワード・ジョーンズ」の発売後にメジャー契約が打ち切られた。その精神的なショックから仏教徒に改宗、創価学会インタナショナルのメンバーとなる。以降のアルバムは主に自身が主宰するDtoxレーベルからリリースし、現在も地道に活動を続けている。なお、音楽的には、1989年のアルバム「クロス・ザット・ライン」まではテクノポップ路線、1992年のアルバム「イン・ザ・ランニング」以降はピアノやギターといった生の音を重視したアコースティク路線に大別される。
2001年7月から9月まで、リンゴ・スターのオール・スター・バンドの一員として、ツアーに参加した。2003年9月20日、ロンドンでデビュー20周年の記念コンサートを開き、デビュー当時の古い機材を使用したレトロ・セット、ピアノ演奏を主としたアコースティク・セットを含む、四部構成の長時間にわたるライブを敢行した。ジェド・ホイルとも久しぶりに共演し、パフォーマンスを繰り広げた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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