翻訳と辞書
Words near each other
・ ジャン魂
・ ジャン魂G!
・ ジャン=アラン・ブームソン
・ ジャン=アントワーヌ・ウードン
・ ジャン=アントワーヌ・ド・バイフ
・ ジャン=アントワーヌ・ド・バイーフ
・ ジャン=アントワーヌ・ヴェルディエ
・ ジャン=アントワーヌ=ニコラ・ド・カリター、マルキー・ド・コンドルセ
・ ジャン=アンドシュ・ジュノー
・ ジャン=アンドレ・フィエシ
ジャン=アンドレ・フィエスキ
・ ジャン=アンリ・ダングルベール
・ ジャン=アンリ・ラヴィーナ
・ ジャン=アンリ・ロジェ
・ ジャン=イシドール・アリスプ
・ ジャン=イブ・クーンデ
・ ジャン=イヴ・エスコフィエ
・ ジャン=イヴ・ジラール
・ ジャン=イヴ・ダニエル=ルシュール
・ ジャン=イヴ・ティボーデ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ジャン=アンドレ・フィエスキ : ミニ英和和英辞書
ジャン=アンドレ・フィエスキ
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ジャン=アンドレ・フィエスキ : ウィキペディア日本語版
ジャン=アンドレ・フィエスキ

ジャン=アンドレ・フィエスキJean-André Fieschi1942年5月5日 - 2009年7月1日)は、フランス映画作家映画批評家俳優である。フランス国立映像音響芸術学院(''La Fémis'')教授。
== 人物・来歴 ==
1942年(昭和17年)5月5日、フランス・コルシカ島コルス=デュ=シュド県アジャクシオに生まれる。
やがて首都パリに移り、19歳になる1961年(昭和41年)から『カイエ・デュ・シネマ』誌の編集に携わる。当時の編集長はエリック・ロメールであった。
1963年(昭和38年)からは編集長がジャック・リヴェットに代わった。同年、ジャン=リュック・ゴダールが監督したオムニバス映画『ロゴパグ』の一篇、『新世界』に出演し、18分の短篇映画『クイシャール、バロックの永続性』で映画監督としてデビューした。批評家としてもデビューし、記事を書き、ジャン・ルノワールルイス・ブニュエルジョセフ・フォン・スタンバーグロベルト・ロッセリーニマルセル・パニョルルキノ・ヴィスコンティジャン=マリー・ストローブらにインタヴューをした。
1965年(昭和40年)、批評家のノエル・バーチと映画養成研究所(''Institut de Formation Cinématographique'')を設立、そこで、ワレリアン・ボロズウィックマルグリット・デュラスミシェル・ファノ、ジャン=リュック・ゴダール、ピエール・ギヨタマルセル・アヌンアンドレ・オデールロベール・ラブージャードクリスチャン・メッツクロード・オリエアラン・レネジャン・リカルドゥー、ジャック・リヴェット、ジャン・ルーシュアラン・ロブ=グリエらと関わった。
1971年(昭和46年) - 1973年(昭和48年)、高等映画学院(IDHEC)で映画史、編集、演出の科目を教える。
1999年(平成11年)、ジュ・ド・ポーム国立美術館でフィエスキ作品の回顧上映が行われた。
2009年(平成21年)7月1日ブラジルサンパウロ州サンパウロ市で死去した。満67歳没。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジャン=アンドレ・フィエスキ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.