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シャハール・ペール : ミニ英和和英辞書
シャハール・ペール[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

シャハール・ペール ( リダイレクト:シャハー・ピアー ) : ウィキペディア日本語版
シャハー・ピアー[ちょうおん]

シャハー・ピアー(, 英語表記:Shahar Pe'er, 1987年5月1日 - )は、イスラエルエルサレム出身の女子プロテニス選手。2008年全豪オープン女子ダブルスで、ビクトリア・アザレンカベラルーシ)とペアを組んで準優勝した。自己最高ランキングはシングルス11位、ダブルス14位。これまでにWTAツアーでシングルス5勝、ダブルス3勝を挙げている。身長170cm、体重60kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
== 来歴 ==
6歳からテニスを始める。2004年全豪オープンジュニア女子シングルスで優勝し、同年に17歳でプロ入り。2005年全仏オープン4大大会の本戦に初出場し、ナディア・ペトロワロシア)との3回戦まで勝ち進んだ。この後ウィンブルドンの女子ダブルスでベスト8に進み、ダブルスの分野でも才能を発揮し始めた。イスラエルでは18歳を迎えた成年女子にもイスラエル国防軍への参加が義務づけられているため、ピアーは2005年11月から国防軍の仕事を始めた。
2006年のシーズンに急成長を始める。1月の全豪オープンでは1回戦で日本浅越しのぶに敗れたが、2月第2週のタイパタヤの大会でツアー初優勝を達成。その後、5月にチェコプラハの大会とトルコイスタンブール・カップで優勝し、2度目の全仏オープン本戦で第31シードを得た。ピアーは全仏オープンでも好調さを維持し、3回戦では2004年の準優勝者エレーナ・デメンチェワを 6-4, 7-5 で破り、初めての4回戦に進出する。4回戦の相手は、2006年度からの現役復帰で第12シードに戻ってきたマルチナ・ヒンギスだった。2人が1セット・オールとなったところで試合は日没順延となり、翌日に持ち越された第3セットはヒンギスが取った。結局ピアーはヒンギスに 3-6, 6-2, 3-6 で敗れ、全仏では4回戦で止まった。続くウィンブルドンは2回戦で敗退したが、全米オープンで自身2度目の4回戦に進出する。全米の4回戦では第2シードのジュスティーヌ・エナン=アーデンから1ゲームしか奪えず、1-6, 0-6 で完敗した。
2007年全豪オープンで、シャハー・ピアーは初の準々決勝進出を決め、4大大会女子シングルスの自己最高成績を上げた。イスラエルの女子テニス選手が4大大会のベスト8に入ったのは、同国のテニスの歴史を通じて初めての出来事であった。その準々決勝では、全豪オープンで2003年2005年の2度優勝経験があるセリーナ・ウィリアムズに 6-3, 2-6, 6-8 で競り負けた。この年は全米オープンでも初のベスト8進出を果たし、準々決勝で第6シードのアンナ・チャクベタゼロシア)に 4-6, 1-6 で敗れた。2007年10月、彼女は国防軍の兵役義務を完了した。
2008年全豪オープンで、ピアーはビクトリア・アザレンカベラルーシ)と組んで女子ダブルス決勝に進出した。その決勝戦ではアリョーナ・ボンダレンコ&カテリナ・ボンダレンコ組(ウクライナの姉妹ペア)に 6-2, 1-6, 4-6 の逆転で敗れ、イスラエル女性として初の4大大会優勝を逃している。
ピアーは2011年全豪オープン後のランキングで自己最高位の11位を記録している。
ピアーはオリンピックイスラエル代表として、2008年北京五輪2012年ロンドン五輪の2大会に出場している。
イスラエルの女子テニス界は、長年にわたってアンナ・スマシュノワが国の大黒柱として活躍してきた。スマシュノワはもともと、ベラルーシミンスクから移住してイスラエル国籍を取得した人であるが、2007年6月に現役を引退した。それだけに、イスラエルの首都エルサレムで生まれ育ったピアーへの期待は大きなものがある。辺境の地から登場した女子テニスの開拓者として、ピアーの境遇はインドサニア・ミルザと似通っている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「シャハー・ピアー」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Shahar Pe'er 」があります。




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