翻訳と辞書
Words near each other
・ コンスコヴォラ
・ コンスス
・ コンスタディノス
・ コンスタニェヴィツァ・ナ・クルキ
・ コンスタブル (小惑星)
・ コンスタレーション
・ コンスタン
・ コンスタンサ
・ コンスタンサ・デ・アラゴン
・ コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ
コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ
・ コンスタンサ・デ・カスティーリャ
・ コンスタンサ・デ・シシリア
・ コンスタンサ・デ・ボルゴーニャ
・ コンスタンサ・デ・ポルトゥガル
・ コンスタンサ・マヌエル
・ コンスタンサ・マヌエル・デ・カスティーリャ
・ コンスタンス
・ コンスタンス (アンティオキア女公)
・ コンスタンス1世


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ : ミニ英和和英辞書
コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ : ウィキペディア日本語版
コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ
コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ(Constanza de Aragón y Navarra, 1343年 - 1363年)は、シチリアフェデリーコ3世の最初の妃。アラゴンペドロ4世と最初の妃マリア・デ・ナバラの娘。イタリア名はコスタンツァ・ダラゴーナ(Costanza d'Aragona)。
1361年にフェデリーコ3世と結婚したが、1女マリアをもうけて間もなく、1363年に早世した。
フェデリーコ3世はその後、1372年にアントーニア・デル・バルツォと再婚したが、子供はなかった。一人娘マリアは幼くして王位を継ぎ、後にコンスタンサの異母弟であるアラゴン王マルティン1世の息子・若マルティン(マルティーノ1世)と結婚して共同君主とした。



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「コンスタンサ・デ・アラゴン・イ・ナバラ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.