翻訳と辞書
Words near each other
・ コルネイ・チュコフスキー
・ コルネット
・ コルネット (曖昧さ回避)
・ コルネットストリート
・ コルネット通り
・ コルネフォロス
・ コルネリア
・ コルネリア (小惑星)
・ コルネリア-デ-ランジェ症候群
・ コルネリアス・ルッツ
コルネリア・アフリカナ
・ コルネリア・エンダー
・ コルネリア・シュテファネツ
・ コルネリア・ダランガ症候群
・ コルネリア・ドゥムラー
・ コルネリア・フンケ
・ コルネリア・ボウマン
・ コルネリアーノ・ダルバ
・ コルネリアーノ・ラウデンセ
・ コルネリゥス・ウォルフォード


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

コルネリア・アフリカナ : ミニ英和和英辞書
コルネリア・アフリカナ
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


コルネリア・アフリカナ : ウィキペディア日本語版
コルネリア・アフリカナ

コルネリア・スキピオニス・アフリカナ, 紀元前190年 - 紀元前100年)は、第二次ポエニ戦争での英雄スキピオ・アフリカヌスの娘にしてグラックス兄弟の母。幼少の頃、父の窮地を助けてくれたティベリウス・センプロニウス・グラックス・マイヨルのもとに嫁いだ。「ローマの女の鑑」として後世にも人々に語り継がれた。'', 紀元前190年 - 紀元前100年)は、第二次ポエニ戦争での英雄スキピオ・アフリカヌスの娘にしてグラックス兄弟の母。幼少の頃、父の窮地を助けてくれたティベリウス・センプロニウス・グラックス・マイヨルのもとに嫁いだ。「ローマの女の鑑」として後世にも人々に語り継がれた。
==生涯==
ティベリウス・センプロニウス・グラックス・マイヨルのもとに嫁いだ時、彼女はまだ幼女であった。正式に結婚したのは紀元前172年、コルネリアは18歳、夫のティベリウスは45歳であった。このような年齢差のある結婚ではあったが、結婚生活は幸せに満ちたものとなりコルネリアは12人の子供を出産、しかし生き残ったのはティベリウスガイウス、センプロニア(スキピオ・アエミリアヌスの妻)の3人だけだった。
紀元前154年に夫ティベリウスが死去、名門スキピオ家の出身で英雄アフリカヌスの娘であった彼女のもとには数多くの再婚話が持ちかけられた。その中のひとつにプトレマイオス朝の王からのものがあり、彼女を王妃として迎えたいという話まであったという。しかしコルネリアはその全ての話を断り、全てを息子ティベリウス、ガイウスの教育に注いだという。
グラックス兄弟が非業の死を迎えた後もコルネリアは賢母として人々の尊敬を集め、紀元前100年に彼女が没すると彼女の像が建立された。現在では像は失われ、その土台のみ現存している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「コルネリア・アフリカナ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.