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イボ・カルロビッチ : ミニ英和和英辞書
イボ・カルロビッチ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


イボ・カルロビッチ ( リダイレクト:イボ・カロビッチ ) : ウィキペディア日本語版
イボ・カロビッチ

イボ・カロビッチIvo Karlović, 1979年2月28日 - )は、クロアチアザグレブ出身の男子プロテニス選手。カルロビッチとも表記される。自己最高ランキングはシングルス14位、ダブルス44位。これまでにATPツアーでシングルス6勝、ダブルス1勝を挙げている。
男子プロテニス界で最も大柄な身長211cm、体重104kgの体格から繰り出す強烈なサーブを持ち味とし、通算サービスエース数歴代1位記録を保持する。
== 選手経歴 ==
カロビッチは父親が気象予報士、母親は農業従事者という家庭に生まれ、6歳からテニスを始めた。2000年にプロ入り。転向後はしばらく下積み生活が続いたが、4大大会初出場となった2003年ウィンブルドンで一躍世界の注目を集めた。当時世界ランキング203位の予選勝者だったカロビッチは、第1シードの前年度優勝者レイトン・ヒューイットオーストラリア)を 1-6, 7-6(7-5), 6-3, 6-4 のスコアで倒した。ウィンブルドン選手権の歴史において、男子シングルス前年度優勝者が1回戦敗退を喫したのは、1967年マニュエル・サンタナスペイン)以来36年ぶり2人目の出来事だった。カロビッチはこの大会で、マックス・ミルヌイベラルーシ)との3回戦まで進出した。この後全米オープンでも予選を勝ち上がり、チャン・シャルケンオランダ)との3回戦まで勝ち進む。年初に217位だった彼の世界ランキングは、年末には72位と大幅に上昇した。
2004年ウィンブルドンで2年連続の活躍を見せ、ロジャー・フェデラースイス)との4回戦まで勝ち上がった。それからアテネ五輪にもクロアチア代表選手として初出場し、シングルス3回戦でカルロス・モヤスペイン)に敗れた。2006年全豪オープンの男子ダブルスでヤン・ヘルニチチェコ)と組んでベスト8に入り、2月末のアメリカテネシー州メンフィス大会でクリス・ハガード南アフリカ)と組んで男子ツアーダブルス初優勝を果たしている。
ウィンブルドン1回戦でヒューイットを破ってから4年後、2007年に男子ツアーのシングルスで以下の通り、年間3勝を獲得した。
*4月に全米男子クレーコート選手権でシングルス初優勝
*6月のノッティンガム・オープンで優勝
*10月のストックホルム・オープンで優勝
2008年にはノッティンガム・オープンで2連覇を達成する。2008年8月18日付で、彼はシングルス自己最高ランキング「14位」を記録した。
2003年の衝撃的なデビューの後、彼はウィンブルドンで2005年-2008年まで4年連続の1回戦敗退にとどまっていたが、2009年ウィンブルドンにて、久々に芝コートの大舞台で活躍を見せ、初の準々決勝に進出した。準々決勝では、5年前の4回戦と同じフェデラーと対戦し、3-6, 5-7, 6-7(3-7)のストレートで敗れた。
2011年3月5日、デビスカップ・ワールドグループ1回戦(クロアチア対ドイツ)のダブルスで歴代最速サーブとなる251km/hを記録した。この記録は2012年5月に263km/hを出したに更新されている。
2012年2月のデビスカップ1回戦ではビーンズドームで日本と対戦した。カロビッチは錦織圭を 6-4, 6-4, 6-3 、添田豪を 7-6, 6-1, 6-4 で破り、ダブルスも制して3勝を挙げ日本に勝利した〔Davis Cup - Tie details - 2012 - Japan v Croatia 〕。
2013年春にはウィルス性髄膜炎でツアーの離脱を余儀なくされランキングは100位以下に低下してしまったが、7月のコロンビア・オープンで決勝に進出しアレハンドロ・ファジャを 6–3, 7–6(4) で破り5年ぶりのツアー5勝目を挙げた。
2014年シーズンはサービスエース数1185本、ファーストサービスポイント率84%でツアー1位を記録。サービスゲーム勝率93%、ブレークポイントセーブ率72%は2位にランクインした。
2015年1月カタール・エクソンモービル・オープン1回戦にて通算サービスエース数9000本を達成。ゴラン・イワニセビッチアンディ・ロディックに次ぐ史上3人目の記録。〔カルロビッチが史上3人目となる9000サービスエースを達成 〕2月のデルレイビーチ・オープンドナルド・ヤングを6-3,6-3で勝利し優勝。35歳11ヵ月での優勝は大会最年長で1989年のジミー・コナーズ(37歳1ヶ月)以来のATPツアー年長記録。〔http://www.atpworldtour.com/News/Tennis/2015/02/7/Delray-Sunday-Final-Karlovic-Young.aspx〕
6月、ゲリー・ウェバー・オープン準々決勝対トマーシュ・ベルディハ戦にてサービスエースを45本決め、3セットマッチの男子シングルス最多サービスエース数の新記録を更新した。〔http://news.tennis365.net/news/today/201506/105036.html?s=relate〕
10月、チャイナ・オープン2回戦対パブロ・クエバス戦にてサービスエースを26本決め、キャリア通算でのサービスエースを10247本とし、ゴラン・イワニセビッチの持つ記録を更新して歴代でのキャリア通算サービスエース数で1位となった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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