翻訳と辞書
Words near each other
・ アルトゥール・ルドルフ
・ アルトゥール・ルビンシュタイン
・ アルトゥール・ルリエ
・ アルトゥール・ルリエー
・ アルトゥール・ルービンシュタイン
・ アルトゥール・ルービンシュテイン
・ アルトゥール・レンバ
・ アルトゥール・ロジンスキ
・ アルトゥール・ロジンスキー
・ アルトゥール・ローター
アルトゥール・ヴェーネルト
・ アルトゥーレ・シルガイリス
・ アルトゥーロ・ウスラール・ピエトリ
・ アルトゥーロ・ウスラール=ピエトリ
・ アルトゥーロ・エルナンデス
・ アルトゥーロ・ガッティ
・ アルトゥーロ・グスマン・デセナ
・ アルトゥーロ・サンドバール
・ アルトゥーロ・サンドヴァル
・ アルトゥーロ・サンドヴァール


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

アルトゥール・ヴェーネルト : ミニ英和和英辞書
アルトゥール・ヴェーネルト[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

アルトゥール・ヴェーネルト : ウィキペディア日本語版
アルトゥール・ヴェーネルト[ちょうおん]
アルトゥール・ヴェーネルト(, 1871年4月4日 - 1944年2月15日)はブラジル生まれでドイツで活躍した物理学者。日本では英語風に「ウェーネルト」と書かれることも多い。電子顕微鏡電子銃によく使われるウェーネルト電極を考案。
==略歴==


ヴェーネルトはリオデジャネイロで生まれた。彼の両親はドイツ人で、ヴェーネルトが子供の頃に共にブラジルからドイツに戻った。ヴェーネルトは始めはシャルロッテンブルク工科大学で、1893年から1897年まではベルリンフリードリヒ・ヴィルヘルム大学(ベルリン大学)で物理学を学んだ。1898年にフリードリヒ・アレクサンダー大学D.Phil.を取得した。
1899年、ヴェーネルトは直流電流を迅速に遮断できる装置(ヴェーネルト断続器)を考案した〔Wehnelt Elektrotechnische Zeitschrift, January 1899 Vol. 20, pp. 76-78.〕。ヴェーネルトは電子の連続的な放出の研究も進めた。この成果が1902/1903年のヴェーネルト電極、1904年の酸化物皮膜陰極(ヴェーネルト陰極)である〔A. Wehnelt, Über den Austritt negativer Ionen aus Glühenden Metallverbindungen und damit zusammenhängende Erscheinungen, Ann. Phys., Ser. 4 14 (1904), pp. 425–468〕〔Applied Surface Science Volume 251, Issues 1-4, 15 September 2005, Pages 24-30〕。
1908年にフリードリヒ・ヴィルヘルム大学に戻り、物理学教授となる。1926年、同大学物理学実験所長〔『理化学辞典 第3版増補版』1981年、岩波書店〕。1934年、物理学部長。1937年、退職。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アルトゥール・ヴェーネルト」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.