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アラー・ウッディーン・フサイン・シャー : ミニ英和和英辞書
アラー・ウッディーン・フサイン・シャー[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

アラー・ウッディーン・フサイン・シャー : ウィキペディア日本語版
アラー・ウッディーン・フサイン・シャー[ちょうおん]
アラー・ウッディーン・フサイン・シャー(Ala ud-Din Hussain Shah, 生年不詳 - 1519年)は、東インドベンガル・スルターン朝フサイン・シャーヒー朝の君主(在位:1493年 - 1519年)。
==生涯==
その出自は明らかではなく、ムハンマドの子孫たるサイイドであったとも、ベンガルに到来したアラブ人だとも、旧王家イリヤース・シャーヒー朝の末裔ともいわれている〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.132〕。また、彼自身がアラビア半島メッカ出身であるとする説もあれば〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.158〕、父親がトルキスタンから到来し彼自身はベンガル人とする説もある〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.60〕。このように諸説あるものの、いずれも定説に至っていない〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.132〕。
フサイン・シャーは軍人から身を起こし、ハバシュ人(アビシニア人)君主のもとでは宰相を務めた。そして、ハバシュ人王朝の最後の王シャムスッディーン・ムザッファル・シャーを殺害し、貴族らに選出され王となり、フサイン・シャーヒー朝を樹立した〔Majumdar, R.C. (ed.) (2006). ''The Delhi Sultanate'', Mumbai: Bharatiya Vidya Bhavan, pp.215-20〕〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.132〕〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.60〕。ここに1487年から続いた混乱に終止符が打たれ、フサイン・シャーは事態を収拾することに成功した〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.132〕〔堀口『世界歴史叢書 バングラデシュの歴史』、p.60〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「アラー・ウッディーン・フサイン・シャー」の詳細全文を読む




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