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1992年の韓国シリーズ : ミニ英和和英辞書
1992年の韓国シリーズ[1992ねんのかんこくしりーず]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ねん, とし]
  1. (n-adv,n) year 2. age 
韓国 : [かんこく]
 【名詞】 1. (South) Korea 
: [くに]
 【名詞】 1. country 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

1992年の韓国シリーズ : ウィキペディア日本語版
1992年の韓国シリーズ[1992ねんのかんこくしりーず]

1992年の韓国シリーズ
== 概要 ==
韓国シリーズは、公式戦1位のビングレ・イーグルスと同3位のプレイオフ勝者ロッテ・ジャイアンツの間で2-2-3の7戦4勝制で行われ、ロッテ・ジャイアンツが4勝1敗で優勝した。ロッテ・ジャイアンツは1984年以来、8年ぶり2度目の優勝。また準プレイオフから勝ち上がっての優勝は史上初である。この優勝でロッテはヘテ・タイガースに次いで韓国シリーズを2度以上制覇した2つ目のチームとなった。
この年のポストシーズンの主役は紛れもなくロッテ・ジャイアンツだった。前年、7年ぶりのポストシーズン進出で韓国プロ野球では初めて年間観客動員100万人を突破したロッテは、ポストシーズンに進出した他の相手には対戦成績で揃って負け越しながら、下位チームを徹底的に叩いて3位でポストシーズン進出。2年連続の善戦に応じて、本拠地釜山のファンは前年の記録を更新する観客動員を記録して、2年連続で年間100万人以上の観客を動員する快挙を挙げた。
ロッテは、長打力は劣るものの規定打席以上の3割打者を5人も連ねる繋がりの打線と17勝を挙げたエース尹学吉(ユン・ハッキル)の活躍に加え、高卒新人の廉鍾錫(ヨム・ジョンソク)の台頭が大きかった。廉鍾錫は高卒間もないながら、早くもローテーションに定着して、公式戦で尹学吉と同じ17勝を挙げたほか、ポストシーズンでも、準プレイオフとプレイオフの第1戦に先発し、勝利をあげ、崖っぷちに立たされたプレイオフの第4戦でも勝利投手になり、8年ぶりの韓国シリーズ進出に大きく貢献した。また、新人王候補の高卒新人同士の対決となった韓国シリーズ第4戦ではライバルだった鄭珉哲(チョン・ミンチョル)に投げ勝ち、この年のポストシーズンでは彼抜きでは話にならないほどの活躍をした。
準プレイオフでは、相手の三星ライオンズを、計2戦で無失点と完璧に抑え込んで、前年のリベンジを果たした。プレイオフでも強敵ヘテ・タイガースに最終戦まで行く接戦の末、1勝2敗から逆転勝利。ヘテはエース宣銅烈が故障でこの年2勝に終わって、その穴を埋められず、ロッテの粘りに屈して予想外の敗退でシーズンを終了した。
それで、韓国シリーズの前評判は年間81勝で前年のヘテの記録を更新したビングレが圧倒的に有利だった。この年のビングレは、41本塁打、119打点で自分の持っていた年間最多本塁打と打点の記録を更新した4番打者の張鍾薫(チャン・ジョンフン)のほか、3割6分の打率で首位打者のタイトルを獲得した李政勲(イ・ジョンフン)、19勝17セーブで最多勝と最優秀救援の両方のタイトルを1人占めした宋津宇(ソン・ジヌ)など投打にかけて好選手が並びまさに最強戦力と言われた。それに、苦手としていた天敵のヘテ・タイガースがエースの宣銅烈を故障で欠き、プレイオフでロッテ・ジャイアンツに思わぬ敗北を喫して敗退。当の相手のロッテは、シーズン中も圧倒的に勝ち越していて、準プレイオフ、プレイオフの激戦でほぼ満身創痍に近い状態で臨むなど、すべての条件はビングレ絶対有利の状況で韓国シリーズを迎えた。
しかし、ここからビングレ側が予測できなかった誤算が2つ出てきた。一つ目は、先発、抑えを問わず活躍したエースの宋津宇の不振。第1戦に先発した宋津宇は、序盤からロッテの打線に打ち込まれて大量失点で負け投手になると、0対0の緊迫した展開だった第2戦は9回に登板していきなり3失点でまたも敗戦投手に。信頼を寄せていたエースが、早くも先発、救援両方で失敗。たった2戦で1人で2敗を負うなど、ホームで開かれた大事な2連戦を予期もせぬ形で相手に渡した瞬間、シリーズの方向はほぼ決められていた。2つ目の誤算はそれまで影を潜めていたロッテの投手、朴東煕(パク・ドンヒ)のいきなりの大活躍だった。シーズン中はさまざまな原因で7勝にとまり、成績も大きく落ちてプレイオフまでも見せ場がなく、新人の廉鍾錫との比較でメンタルの弱さを叱咤されるなど、散々な1年を送ったが、韓国シリーズの第1戦で相手のエース宋津宇に投げ勝ち、2勝1セーブの大活躍。最終戦になった第5戦では胴上げ投手になるなど、プレイオフまでのフル稼動で極度の疲れを訴えた廉鍾錫にとってかわっての奮闘で、シリーズのMVPにも選ばれた。
一方、ビングレ・イーグルスは公式戦での圧倒的な成績にも準プレイオフ、プレイオフを経て満身創痍状態だったロッテを相手に、力なく敗北し、5年間で4度韓国シリーズに進出して、すべて敗退する屈辱を浴び、翌年から長い不振のトンネルに入ることになった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「1992年の韓国シリーズ」の詳細全文を読む




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