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大下藤次郎 : ウィキペディア日本語版
大下藤次郎[おおした とうじろう]
大下 藤次郎(おおした とうじろう、明治3年7月9日1870年8月5日) - 明治44年(1911年10月10日)は明治時代の日本の水彩画家。
== 略歴 ==

*1870年 東京で、旅人宿・馬宿・馬車問屋を営む家に生まれる。
*19歳のころ、家業を手伝うかたわら美術界へ進むことを決意する。
*1892年 、ジョン・ヴァーレー・ジュニア〔の孫〕らが来日して水彩画展を開き〔三宅克己,『思い出づるまゝ』,p58〕、その絵に感銘をうけ、水彩画に興味を持つようになる。また、三宅克己と知り合う。
*1893年 父親が死亡する。この頃、原田直次郎について絵を学ぶ。
*1898年 半年ほど、オーストラリアへ旅行する。
*1901年 技法書の『水彩画之栞』を刊行し、ベストセラーとなる。
*1903年 青梅に転居する。
*1905年 春鳥会(現・美術出版社)をおこし、美術雑誌『みづゑ』を刊行する。
*1907年 日本水彩画研究所を設立する。第一回文展に『穂高山の麓』を出品。
*1909年 甲州・白峰山(南アルプス北岳)をめざした山旅に出る。この山旅から紀行文『白峰の麓』と水彩画「西山峠」(島根県立石見美術館所蔵)が生まれた。描かれている山は峠越えの際に見た悪沢岳(赤石山脈)。
*1911年 瀬戸内などを旅した末、突然の病に倒れ、死去する。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「大下藤次郎」の詳細全文を読む



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