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四辻季遠 : ウィキペディア日本語版
四辻季遠[よつつじ すえとお]

四辻 季遠(よつつじ すえとお)は、戦国時代公家書家。権大納言四辻公音の次男。孫娘に上杉景勝側室桂岩院後水尾天皇の寵姫四辻与津子などがいる。
== 生涯 ==
永正14年(1517年)に叙爵されたのをはじめ、享禄元年(1528年)に侍従天文6年(1537年)に参議、天文14年(1545年)に権中納言、天文19年(1550年)には権大納言に叙任された。
駿河国今川義元太原雪斎と交友があり、ともに漢詩会などを催している。また甲斐国にも度々下向しており、天文15年(1546年)5月の武田晴信(武田信玄)の家督相続に際しては三条西実澄後奈良天皇綸旨を伝達し(『言継卿記』『冷泉為和集』)、甲府では積翠寺において季遠らを主客に連歌会が催されている。また、翌天文16年(1547年)には塩山向嶽寺開祖の抜隊得勝に対し禅師号を贈る際にも取次を務め、天文21年(1552年)には要件は不明であるものの勅使として下向しており、一貫して武田氏との取次を務めている。天正3年(1575年)に伊勢国で客死した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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