翻訳と辞書
Words near each other
・ 中岡崎駅
・ 中岡弥高
・ 中岡慎太郎
・ 中岡慎太郎館
・ 中岡成文
・ 中岡望
・ 中岡毅雄
・ 中岡洋
・ 中岡由佳
・ 中岡稔
中岡艮一
・ 中岡英隆
・ 中岡要
・ 中岡麻衣子
・ 中岡默
・ 中岡黙
・ 中岳
・ 中岳 (九重山)
・ 中岳 (八ヶ岳)
・ 中岳 (北アルプス)


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

中岡艮一 : ウィキペディア日本語版
中岡艮一[なかおか こんいち]

中岡 艮一(なかおか こんいち、1903年(明治36年)10月12日 - 1980年(昭和55年)10月18日)は、明治から昭和にかけての日本の鉄道労働者。現職首相であった原敬暗殺した犯人。
== 人物 ==
1903年(明治36年)、足尾銅山技師である父・精(くわし)の子として栃木県に生まれる。
高等小学校中退して印刷工場の見習い工員となるが長続きせず辞めて、1919年大正8年)11月から山手線大塚駅の駅夫見習い、のち大塚駅の転轍手(レールの分岐器を操作する仕事)となる。
大塚駅在職時の1921年(大正10年)、当時の首相・原敬の政策に反感を抱き、同年11月4日夜、東京駅乗車口(現在の丸の内南口)において立憲政友会京都支部大会へ赴くため改札口に向かっていた原首相を短刀刺殺した(原敬暗殺事件)。原首相に反感を抱く人物が上司におり、それに影響されたとされている。また、この事件の37日前に起きた安田善次郎暗殺事件にも影響されたともいわれている〔〕。玄洋社など当時の右翼勢力との直接的関係も疑われたが、確証はない。
無期懲役の判決を受けたが、3回の恩赦により1934年(昭和9年)出獄。獄中で回想録『鉄窓十三年』を書いた。出獄後は目立った政治活動はしていないが、頭山満と関係を持ったとされる。その後、満州に渡り陸軍司令部に勤務した(「哈爾濱南崗 第四軍管区司令部」から宛てた直筆の手紙が残されている〔 原敬暗殺 〕)後、荘河県公処弘報主任に着任した〔『朝日新聞』「中岡艮一君結婚」1941年2月19日付け朝刊7頁〕。この頃、極東にソ連からの難民として流れ込んだタタール人に興味を持ち〔『大阪朝日新聞』1936年11月7日。〕、これを契機として、1937年(昭和12年)2月22日神戸モスクムスリムとなった〔『神戸新聞』1937年2月22日。〕。1941年(昭和16年)には現地でイスラム教徒の姜鳳芝と結婚している。戦後帰国し、1980年(昭和55年)に77歳で死去〔『日外アソシエーツ』whoplus「中岡 艮一(ナカオカ コンイチ)」整理番号259461〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「中岡艮一」の詳細全文を読む



スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.