翻訳と辞書
Words near each other
・ 静岡サービスエリア
・ 静岡サービスエリアスマートインターチェンジ
・ 静岡シブヤ精機
・ 静岡ジムラッツ
・ 静岡スタジアム
・ 静岡スタジアム エコパ
・ 静岡スタジアム・エコパ
・ 静岡スマートインターチェンジ
・ 静岡ターミナルホテル
・ 静岡ターミナル開発
静岡ダービー
・ 静岡テレメッセージ
・ 静岡デザイン専門学校
・ 静岡ナンバー
・ 静岡バイパス
・ 静岡バスストップ
・ 静岡バンド
・ 静岡パルコ
・ 静岡ビルサービス
・ 静岡プロレス


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

静岡ダービー : ミニ英和和英辞書
静岡ダービー[しずおかだーびー]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こう, おか]
 【名詞】 1. hill 2. height 3. knoll 4. rising ground
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
ビー : [びー]
 (n) bee, (n) bee

静岡ダービー : ウィキペディア日本語版
静岡ダービー[しずおかだーびー]

静岡ダービー(しずおかダービー)は、静岡県ホームタウンを置くサッカークラブによって行われるダービーマッチである。
清水エスパルス静岡県静岡市)とジュビロ磐田静岡県磐田市)の対戦カードが著名である。
== 概要 ==
;日本サッカーリーグ時代
:1975年に本田技研サッカー部、1979年にヤマハ発動機サッカー部がJSL1部に昇格。参加チームが関東と関西に偏る中、静岡県内の2チームは天竜川を挟んだ浜松市磐田市に本拠地を持ち、両社共に二輪生産拠点としていたことから、「天竜川決戦」と称された。
:JSL1部には裾野市に拠点を移したトヨタ自動車サッカー部が1987-88シーズンに昇格、12チーム中3チームが静岡県内に本拠地を置く時期も存在した。JSL2部には上記3チームのほかに日本軽金属サッカー部 (1972,1973)、藤枝市役所サッカー部 (1988-89)、中央防犯サッカー部 (1991-92)が在籍していた。
;Jリーグ発足
:1991年2月14日、Jリーグ発足に伴う初年度参加チームとして清水市(現:静岡市清水区)をホームタウンとする清水エスパルスの加盟が正式発表された。当時の清水市は少年サッカー大会での清水FC(優勝8回)、高校選手権で市内の学校(清水東高清商東海大一)が1980年から1988年の間に7度決勝進出(うち優勝4回)を重ね、多数の選手を輩出している地域であること、および1991年の高校総体サッカー競技のためにつくられた日本平運動公園球技場があり、プロサッカーチームを大きく育てる「ホームタウン」にふさわしい候補地であることからの選出であった。JSL1部の強豪であった本田技研およびヤマハ発動機は下部リーグとなるJFLへの加盟となった。
;静岡ダービー
:1993年にJリーグが開幕、横浜市をホームタウンとする横浜マリノス横浜フリューゲルスによる「横浜ダービー」が注目を集めた。当時JFLには本田技研・ヤマハ発動機と共に、福岡市移転前の中央防犯サッカー部(藤枝市)、鳥栖市移転前のPJMフューチャーズ(浜松市)、トヨタ自動車サッカー部を継承したトヨタ自動車東富士FC(裾野市)が参加、静岡県内ローカルの番組で県勢の対戦を「静岡ダービー」と称するようになった。Jリーグ参入を目指したヤマハ発動機サッカー部はジュビロ磐田と改称、Jリーグ準加盟が認められ、1993年10月16日、ヤマザキナビスコカップ予選にて、初めて公式戦で清水エスパルスとジュビロ磐田による静岡ダービーが開催された。試合は清水が2-0で勝利。
;Jリーグチャンピオンシップ
:1999年、清水エスパルスがJリーグディビジョン1においてセカンドステージの優勝を果たし、ファーストステージを制したジュビロ磐田との間で年間優勝を争うこととなった。この年はリーグでの勝ち点合計は清水エスパルスが65で1位であったのに対し、ジュビロ磐田は49でありリーグで6番目であった。Jリーグチャンピオンシップがホームアンドアウェイで開催され、1勝1敗ののちPK戦の末、ジュビロ磐田が勝利した。
;エコパスタジアム開場
:2001年、袋井市2002 FIFAワールドカップの試合会場となるエコパスタジアムが完成。2001年5月12日には杮落としとして、清水エスパルスとジュビロ磐田の試合を開催。観衆52,959人を集めた。試合は延長ののち、Vゴールで清水が勝利。
:エコパスタジアムのある袋井市は磐田市に隣接していることもあり、磐田主管の試合では多くの観客来場が見込まれるホームゲームを開催、静岡ダービーも2012年まで開催された。一方清水は静岡ダービーの主管試合は2005年以降静岡市清水日本平運動公園球技場(現・IAIスタジアム日本平)で開催している。
;トラブル
:サポーター同士の小競り合い、乱闘も多く、荒れる試合になることもある。2011年のリーグ戦・清水主管の試合で、磐田側の一部サポーターが清水監督のアフシン・ゴトビに対し「ゴトビへ 核兵器つくるのやめろ 」との垂れ幕を掲げ、実行者が退席処分を受けている〔2011年5月29日スポーツニッポン 〕。また、2013年のリーグ戦・磐田主管の試合で、清水側の一部サポーターによる誹謗中傷となる横断幕を掲示する行為があり、クラブ社長が謝罪をしている。
;イベント
:2012年4月14日、日本平で開催されたJ1リーグ第6節 清水エスパルス対ジュビロ磐田では、スカパーでJリーグオフィシャルサポーターを担当する乃木坂46がマスコットのパルちゃんと共にパフォーマンスを披露した。また富士市出身の若月佑美が清水エスパルスに、磐田市出身の深川麻衣がジュビロ磐田にエールを贈っている。
;掛け合い中継
:清水エスパルスとジュビロ磐田の静岡ダービーを地元の放送局静岡放送が中継する際、「ダブル実況」というスタイルをとるのが恒例となっている。これは、実況アナウンサーを二人配置し、清水の選手がボールを支配しているときは清水担当のアナウンサー、磐田の選手がボールを支配しているときは磐田担当のアナウンサーが「掛け合い」で実況を行うものである。
;県外での開催
:Jリーグのレギュラーシーズンにおいて、県外での開催が1回だけある。1994年2ndステージの清水主管の神戸総合運動公園ユニバー記念競技場での試合で、日本平スタジアムが座席増築や芝生張り替えなどの改修工事が行われ使用不可だったためである。
:また第83回天皇杯準決勝として埼玉スタジアム2002で、第85回天皇杯準々決勝として丸亀競技場で開催されている。
;J3発足
:2014年、藤枝市をホームタウンとして藤枝MYFCJ3リーグに加入、静岡県からJリーグに加盟する3つ目のクラブとなった。一方でジュビロ磐田が2013年J1リーグ17位の結果を受けJ2所属となり、J1の清水エスパルスを含め3クラブとも異なるカテゴリーの所属となった。2015年のJ2リーグで2位となりジュビロ磐田が2シーズンぶりにJ1復帰を決めたものの、清水エスパルスはJ1リーグ17位となりJ2降格。1994年から続いてきたJリーグ戦での静岡ダービーは、2014年から3シーズン連続で開催されない。
;JFLにおける県勢対戦
:JFL所属チームに関しても、県内のチーム同士が対戦する場合に静岡ダービーと称する。ホンダFCは1992年から継続して所属。富士市を本拠地とするジヤトコサッカー部との県勢対戦は1997年から7年間開催されている。2000年から2002年は大学サッカー連盟推薦枠で加入した静岡産業大学サッカー部とあわせ、県勢が3チーム所属していた。2012年から2年間所属した藤枝MYFCにより9年ぶりに復活。2014年に沼津市に本拠地を置くアスルクラロ沼津が加入。2014年以降ではホンダFCとアスルクラロ沼津の対戦が、全国規模のリーグ戦では唯一となっている。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「静岡ダービー」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.