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芳昇幸司 : ミニ英和和英辞書
芳昇幸司[よしのぼり こうじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [さち]
 【名詞】 1. happiness 2. wish 3. fortune 

芳昇幸司 : ウィキペディア日本語版
芳昇幸司[よしのぼり こうじ]

芳昇 幸司(よしのぼり こうじ、1968年8月19日-)は、福岡県福岡市博多区出身、熊ヶ谷部屋所属の元大相撲力士。本名は石原 義幸(いしはら よしゆき)。得意手は突き、押し、身長175cm 、体重128kg。最高位は東十両4枚目(1991年3月場所)。
== 来歴 ==
幼い頃から相撲好きで地元・九州場所前には様々な相撲部屋を訪れ、部屋の朝稽古を見学していた。中学時代には柔道に打ち込んでいたが、母親の知人から熊ヶ谷(元前頭6・芳野嶺)を紹介され、中学卒業と同時に熊ヶ谷部屋に入門。1984年3月場所に初土俵を踏んだ。入門前の相撲経験はなかったが、稽古熱心で着実に番付を上げて行き、入門から2年半で幕下に昇進した。幕下上位で怪我もあり、5年近く幕下で苦労した。1990年7月場所で十両に昇進。熊ヶ谷部屋創設後、同部屋から初土俵を踏んだ力士として初めての関取となった〔当時の熊ヶ谷部屋には高嶋部屋から転籍してきた髙望山が現役の関取として所属していた。〕。1991年3月場所には自己最高位となる東十両4枚目まで番付を上げたが、終盤の連敗が響き6勝9敗と負け越し入幕は叶わなかった。鋭い立ち合いからの強烈な押し相撲であったが、連勝連敗が続く連相撲であったため番付の昇降が激しく、その後は十両中位から幕下上位を往復する生活が続いた。1993年1月場所では西十両6枚目で3勝12敗と大敗を喫し、翌3月場所では東幕下3枚目に陥落。同場所以降、1度も土俵に上がることは無く、5月場所を最後に現役を引退し、廃業した。〔大相撲力士一覧平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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